15節
文字数 2,519文字
「久しぶり、デネブ。
1週間前に会ってるらしいけど、僕は全然覚えてなくて……、アハハ……」
「全くお前って奴は……
来て挨拶する前に発狂モードになりやがって。
全く変わってないな。」
「デネブだって同じだろ。
聴いたぞ。スピカ司祭に銃撃ったんだって?
知らない人に緊張すると発砲する癖、直ってないのか?」
「う、うるさい!
それを言ったらお前だってな……」
機工ショウでの騒動から1週間。
改めてデネブと会う約束をし、こうして会いに来たアルタイル。
2人がちゃんと会って会話するのは約30年ぶり。
昔の様に話せるか心配していた両名だったが、やはり家族。初めは探り探りだったものの、すぐに打ち解け昔話に華が咲く。
「アリデッドは昔より、ずっと綺麗になったなぁ。
昔は中途半端にリアルで怖かったけど、今は間近で見ても本物の女性みたいだ。」
「俺の技術の粋を集めて、常に改良を重ねているからな。」
「でも歳はとってないんだな。」
「当たり前だ!
アリデッドは永遠の17歳だぞ!!」
デネブが片時も離れない例のマネキン。
奥さんが死んだショックで、マネキンを奥さんだと思い込んでいるのでは。とスピカは推測していたが、事実は全然それとは関係無い。
マネキン作りは昔からのデネブの趣味。愛着が強過ぎて生きているかの様に接するのも、昔からのことだ。
見慣れているアルタイルは平然とスルーしているが、普通ならドン引き。
彼が変人と呼ばれ避けられている理由は、極度の人見知りというだけではなかった様だ。
「あれから工房の方は大丈夫なのか?
まだかなり大変みたいだけど……」
「気安く大丈夫とは言えん。
本当に苦労しているのは、俺より他の奴らの方だからな……」
あの後、やはり工房やその関係者は大変な仕打ちを受けた。
不買運動があちこちで勃発。シグナス工房産の機工を豪快にぶっ壊すパフォーマンスが連日起きた。
工房の本拠地では不法侵入が相次ぎ、ラクガキや器物破損が横行。とても運営できる状態に無く、近々土地売却の上、工房の取り壊しが決まっている。
1週間が経ちちょっとは落ち着いたが、完全に収束するにはまだまだ時間が掛かるだろう。
「すまなかった……
あそこまで大騒ぎにしなければ、ここまで大変な目には……」
「いや、これで良かったんだ。
シグナス工房はずっと前から壊れていた。その実態が形となって現れただけだ。」
「…………」
掛ける言葉が見つからないアルタイル。気まずい沈黙が流れる。
すると外から、悪い空気を割くように1人の男性の元気の良い声が聞こえた。
「工房長!
使えそうな道具一式を持って来ました!
作業場に運んで良いですか?」
会場でデネブの事を気遣ってくれた男性だ。
デネブは窓から顔を出し「頼んだ!」と答える。
振り返って再びアルタイルに向き直ると同時に笑顔を見せる。
「壊れたらまた創り直せばいい。創るのが俺の本分だからな!
初めの様にここ(デネブ邸)からまた始めるさ。
ああして残ってくれた奴も、僅かながらいるしな!」
シグナス工房まだ完全には止まってしまった訳ではない。
この笑顔を見せられるなら、きっとまた名工房として復活するだろう。
心配していたアルタイルもホッと胸を撫で下ろした。
「ところでずっと気になっていた事がある。
あの時流された音声は、どうやって録音したんだ?
あの会話をしていた時、それらしい機器は持ってなかったが……」
この世界にも録音機ぐらいは既にある。ただ隠し持てるほど小さい物は存在していない。
不思議な事はもうひとつある。デネブがステージ上で聞いたスピカの声だ。
これも同様で、無線機は存在しているが持ち歩きできない程大きいサイズのみ。あの時そんな物はもちろんなかった。
「僕もよく分からない。
ただどちらも星教会に伝わる秘術だと言っていたよ。」
あの時、ビエラがデネブに手渡した小さな白い石。あれはアルタイルが持っている星教会のアミュレットの一部で、秘密はこの石にある。
スピカが持っている司祭用アミュレットにも同じ物が付いているのだが、この石を使う事でいくつかの秘術を使う事ができる。
音の録音や再生、石を持つ者同士での遠距離通話がそれだ。
「魔法という事か?」
「それが魔法とは違うらしい。
魔力じゃなくて祈力(きりょく)を使ってる、とか言ってたな……」
「何だそれは??
……何にしても凄い技術だ。
機工で同じ事をあのサイズで実現するには、それこそ数世紀は先の技術が必要だろう。
何故そんな技を星教会が……?」
技師として秘術の仕組みが気になって仕方ないデネブ。それは未知への探究心が強いアルタイルも同じだ。
だが今日はそんな話をしに来た訳ではない。
騒動に関する話はこれで終わりにし、アルタイルは遂に本題に入る。
「デネブ、先生に育てて貰った僕達3人の夢を覚えているかい?」
「……宇宙船プロジェクトの事は新聞で読んだ。
お前はずっと追っているんだな。先生との夢を……」
「デネブが先生と縁を切った事はわかってる。
それでも僕は、君とベガの3人で夢を叶えたい!
いや、3人でなければ無理だと思っている!」
しばし沈黙し、熟考するデネブ。
紅茶を一口含み、こう答える。
「わかっている通り、今のシグナス工房はそこらの工房にも劣る程弱体化した。
他に良い工房なんて幾らでもある。
ツテがないと言うなら、俺が紹介してやっても……」
「さっきも言っただろう。
君じゃなければダメだ!」
この言葉の後、意を決した様に立ち上がったデネブ。
そのまま2階の自室へ行き、1冊の本を持って戻って来る。
「コレをやる。」
「これは前にここで見つけた深海魚図鑑!?
そう言えば、どうしてこんな物持ってたんだ?」
「お前への手土産になればと買ったんだ。
宇宙船プロジェクトについて、もっと詳しく聞きたくてな。
あんな状況だったから、ずっと会いに行けなかったが……」
「と言う事は!?」
「俺からも頼む。
宇宙船製造、是非シグナス工房に任せてくれ!!」
「……ああ!もちろんだ!!」
2人は少年に戻ったかのように目を輝かせながら、堅く手を握ったのだった。