7節
文字数 2,142文字
「……うぅ……ッ!
……ハッ!?」
アルクは目覚めると同時に跳ね起き警戒態勢を取った。
それは無意識の行動だった。気を失っている間も頭は戦闘状態のままだったのだろう。
その後遅れて思考力を取り戻す。
ゆっくり周囲を見渡してみる。
知らない部屋だ。ベッドと小さなテーブルが1つだけ。テーブルには救急箱が置かれているが、他には何も無い。
急遽空き部屋に必要な物だけ運んだ感じだ。
「何でこんなとこに……?
確か昨日は夜勤で……
…………
ミモザッ!?」
記憶が戻ってすぐ衝動的に外への扉を開いた。
その時、外側から扉を開けようとしていた人物とぶつかりそうになる。
「ウワッ!?
ビックリしたぁ……
物音がしたと思ったら、やっぱり目が覚めてたんですね。」
「スピカ司祭!?
すみません!礼は後でするので失礼しますッ!!」
「ちょっと……ッ!?
何処行く気ですかッ!?」
出て行こうとするアルクをスピカが慌てて通せん坊する。
「何があったのかは聞きました。
気持ちはわかりますがミモザちゃんが何処に連れ去られたか分からないのに、飛び出しても仕方ないでしょう!」
「まだ足跡とかが残ってるかも知れない!
早くしないと、それも消える可能性が高くなる!」
スピカを押し除け進むアルク。
すると前に別の人物が現れた。
「君は確か……」
「星騎士団団長のリゲルです。
以前助けて頂いて以来ですね。」
「何故ここに……?
いや、どうでもいい!悪いが退いてくれ!!」
「ミモザちゃんの行方が知りたいんですよね?
それならもう掴んでいます。」
「なに!?
教えてくれッ!!」
「ならまずは部屋に戻って下さい。
話はそれからです。」
「そんな暇はないッ!!」
冷静さを失ってリゲルに掴み掛かるアルク。
スピカはそんな彼の肩を叩き、一冊の本を広げて見せつける。
そこには白紙のページに『大人しくしろ』とだけ書かれていた。
「それは私の魔導書!?」
「戸締りも出来てない空っぽの家に置きっぱなしは不用心なので持って来ました。
さ、部屋に戻ってくれますね?」
「ク……ッ!
……わかりました。」
強制的に部屋に戻されたアルク。
初めはイライラしていたが、徐々に落ち着きを取り戻してきた様子。
スピカに包帯を取って貰いつつ今の状況を訊く。
「ここは何処ですか?」
「私の家……、って言うか星教会の宿舎です。その中の空き部屋のひとつですね。
驚きましたよ。夜遅くにリゲル団長が気絶したアルク神父を連れて来て。」
「君が?あの場にいたのか?
偶然居合わせたって訳じゃないな?」
「それは順を追って説明します。
まずは怪我の具合を見せて下さい。
多少ですが医療の心得もあるので、応急処置ぐらいならできます。」
包帯を取った後、スピカと場所を入れ替わりリゲルが診断を始める。
かなり酷く殴り付けられていたが、その傷はもう場所も分からない程完治している。流石は魔獣と言ったところか。
しかし右手首の切り傷と、うなじの刺し傷だけはそうではなかった。
「殆ど塞ってない……
幸い切り口は綺麗だから、縫っておけば出血は抑えられるな。
右手は動かせますか?」
「グゥ……ッ!!」
「無理みたいですね。」
「おかしい……
いつもならこれぐらいの傷、1分も有れば塞がるんだが……!」
「治らないって事は、やっぱり……」
「何かご存知なのですか、スピカ司祭?」
アルクが戦った敵についてリゲルから話を聞いたスピカ。
並外れた身体能力に加えて、宙に浮いたり妙な爪を出したりと言った魔法も使っていた。
相手はほぼ間違い無く悪魔だろう。
となれば、同じ悪魔に話を聞くのが得策だ。
「それでアスピちゃんに訊いてみたんです。
覚えてます?アビィさんの妹さん。」
「あの娘か……
覚えています。」
「アスピちゃんが言うには、爪を使うのは”死神タイプ”の得意技なんですって。
それで死神の爪には”不治”の効果があるらしいです。」
緑の爪は死神タイプの悪魔のみが使える特異な魔法。
一見するとただの刃物だが、これには恐ろしい効果がある。
切り口を腐らせ再生を阻害するのだ。
死神の爪で付けられた傷は、再生力に優れた魔獣や悪魔であっても簡単には塞がらない。
たとえ紙で切った程度のかすり傷でも丸1日は出血が止まらない。
それでも治るだけマシというもの。もし傷付けられたのが普通の人間ならそうはいかない。
どんな治療を施そうと傷口は決して塞がらない。それどころか時間と共にどんどん傷口が広がる事になる。
治すには切られた部分を肉ごと削ぐか、部位を丸ごと切断するしかない。
それすらできない所を傷付けられたら……ただ死を待つのみだ。
死神の名に恥じぬ恐ろしい能力。
同族の悪魔からすら恐れられるタイプだ。
「そんな奴にミモザが……っ!!」
「でも、ひとつ安心できる情報もあります。
それが確かなら、多分ミモザちゃんは無事です。」
「どういう事ですか!?」
「爪のこと以外にも敵の特徴をアスピちゃんに伝えたんです。
小柄だった事とか、恐ろしく動きが速くてメチャクチャ強かった事とか。
そしたらアスピちゃんこう言ったんです。
その死神、”ミアさん”かも知れないって。」
「ミア?」
「半年以上行方不明のアビィさんの姉です。」