1節
文字数 2,101文字
各街区に1つずつある公的施設で、区単位で開催されるイベントや集会がある場合、区民が集められる場所である。
そこに一組の親子がやって来た。アルクとミモザだ。
二人は会館の入り口前で立ち止まり辺りを見渡す。
先に誰かを見つけたミモザがアルクの手を引く。向かった先に居たのはスピカとビエラだった。
「お待たせしました。」
「おはようございます、アルク神父。ミモザちゃんも。」
「おはようございます!
スピカ司祭!」
二組は揃って会館の中へと進む。
入ってすぐに長い行列がズラリと出来ているのが目に入った。スピカ達はその列の最後尾に並ぶ。
「凄い人だね……」
「( ᷄ω ᷅ )」
「平日の午前中だから、これでも少ない方なのよ。」
「それにしても流石は医療先進国ですね。
無料で健康診断を受けられるとは。」
今日ここへ来た目的は健康診断を受ける為。
コスモスでは年に一度、こうして街区毎に診断会場が開かれる。費用は国が負担している為、全員無料となる。
ただし、これは強制であり無視する事はできない。
理由無くすっぽかすと罰金を払わされた上、強制的に医療区に連行される。
だからいくら混んでいようと、こうして診断を受けに来なければいけないのだ。
「医療協会ですか……
かなり強権を与えられているんですよね?」
「会長さんがかなりやり手って有名ですよ。
この全国民対象の健康診断を提案したのも、その会長さんなんですって。」
「アイツか……」
「会った事あるんですか?」
「ええ、まぁ……
一度少し言葉を交わしただけですが、確かに歳の割に隙が無い感じでした。」
「国民からの評価は高いですけどね。
健康診断は面倒くさいですが、大切なことですし。」
そんな話をしている内に列が進み、受付の番が回って来た。
身分証明を手早く済ませるとアルクだけ別の方へ進む。当然だが男女で診断場所は別々なのだ。
「では、ミモザを頼みます。」
「ええ、任せて下さい。」
「またね、パパ!」
この健康診断で行う事は至って基本的な事。
身長、体重の測定。
視力、聴力の検査。
検尿。
触診。
もう10年以上続く定例イベントなだけあって、市民は皆慣れている様子。
大きな混乱も無く、スピカ達はスムーズに診断を受けて行く。
一番最初に全ての診断を終えたのはスピカ。待合用の大部屋で他の人が終わるのを待つ。
次にやって来たのはミモザだ。
「スピカ司祭、お待たせしました!」
「お疲れ様、ミモザちゃん。
初めての健康診断どうだった?」
「スピカ司祭が誘導してくれたお陰で、迷わずに受けられました。
ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
(流石ミモザちゃん。
大人が言われて嬉しい事を的確に言ってくる。
大人たらしな7歳児やで……)
せっかくミモザと2人きりになので、ちょっと心配していた事を聞いてみる。
「ミモザちゃん最近夜一人でお留守番してる日があるんでしょ?
アルク神父から聞いたわ。」
「はい。
週に1日だけですけど。」
商業区で警備員として働いているアルク。
最近その働きが認められ、治安が悪化している夜の商業区の見廻り。つまり夜勤を依頼される様になった。
危険な深夜となれば、当然それなりの手当てが付く。
アルク達は外国から裸同然でやって来た為、貯蓄は殆どない状態。ここは喜んで引き受けよう!
と言いたいところだが、シングルファザーのアルクに夜勤は厳しい。ミモザが心配過ぎる。
残念だが断るしかない。
そう思っていたが、当のミモザが引き受けた方がいいと背中を押した。
「大丈夫?1人で怖くない?」
「大丈夫です!
だって夜は寝てるだけですから。」
「そうかもだけど……
私のとこに来てもいいのよ?」
「私もそう言ったんですがね。」
「あ、アルク神父。
終わったんですね。」
話している内にアルクも診断を終えて、2人の元にやって来た。
彼によるとスピカに預かって貰う案もミモザ自身が却下したと言う。
夜勤の仕事は一度で終わりじゃない。きっと何度もある。
一度だけならともかく、しょっちゅうお世話になるのは厚かましい。と諭されたらしい。
「アハハ……
相変わらず誰よりも大人ですね……」
「話し合った末、週に一度だけ夜勤する事にしたんです。」
「もう5回留守番しましたけど、全然平気だったから安心して下さい!
それに、もしもの時は”アレ”を使えばいいもんね、パパ!」
「そっか……
まぁ、ミモザちゃんなら大丈夫ね!」
その後も他愛無い会話で暇を潰す。
10分程経ったが残ったビエラが一向に来ない。どうしたのだろうか?
「遅いですね……」
「最後の検査を受ける前まで、私と一緒に並んでたのに……」
「最後の検査と言えば”採血”か。
ビエラ様ビビリだから、注射嫌がって困らせてたりして?」
「そう言えば採血場では子供の泣き声がずっと響いてましたね。」
「毎回そうなんですよ。
やっぱり怖いんでしょうね。
アハハハハ……ハ……
…………
……ヤバッ!?」
もしこんな人が大勢集まっている場所でビエラが泣いてしまったら、犠牲者が何人出るか……!?
スピカは慌てて採血が行われている場所に駆け戻った。