異聞(後編)
文字数 1,867文字
…………
……いッ!!痛テェェッッ!!!」
あまりに突然!あまりに想定外!!
マルフィクの頭が起きた事を理解し、痛みを発するまで実に5秒以上を要した。
悲痛の叫びなど気にも留めず、ケバルは槍を強引に引き抜く。
刺す時よりも抜く時の方が激痛を生む事が、マルフィクの3倍増しの叫びから伝わる。
「スマンな。
できれば一刺しで終わらせてやりたいが、痛め付けられた感じがあった方が自然なんや。
流石のお前も傷一つ負わずに全部漏らしました〜、は恥ずいやろ?」
何を言ってるのか分からない!!
何でこんな事を!?ちゃんと説明してくれ!!
そんな当然の懇願をするマルフィク。
しかし、この男が大嫌いな質問に答える筈がない事は、弟である彼はよく知っている。
ただひとつ分かる事は……
このままでは確実に殺されるという事だ!!
グラス、皿、ボトル、札束……
近くに転がっていた物を片っ端から投げ付けるマルフィク。
だがケバルが怯まない。ヒョイヒョイといなしつつ一歩一歩迫る。
「エエ感じや。
でも、もうちょい頑張って抵抗してくれ。」
マルフィクは刺された左脚を引き摺りながら、パーティ会場に設置されたバーカウンターまで逃げる。
そのテーブルの天板裏に手を伸ばす。そこには万が一の為に用意しておいた一丁のピストルが。
それを手に取り銃口をケバルに向ける!
不意を突いたつもりだったが、ケバルはお見通しだったのだろう。
全く驚く事無く、槍先で手を斬り付けピストルを弾き飛ばす。
マルフィクは床に転がったピストルを急いで拾おうと腕を伸ばす。
が!それを掴む直前、希望を断つ様に槍が右肩を貫いた!
「グアアああァァッッ!!!」
痛みでのたうち回るマルフィク。
会場中に鮮血が飛び散り、壁や床に染み込んで行く。
それでも尚生きようと床を這いずりながら、出口を目指す。
それをケバルはゆっくり追いかけながら独り言を呟く。
「帳簿と金の隠し場所を尋問されたお前は、もちろん最初は拒否する。
だが槍で滅多刺しの拷問を受け、敢えなく全部教えてしまう。
それでも敵の攻撃は止まらず、必死に逃げようと抵抗するが出血で徐々に弱って来たところを……」
「や、やめ……ッ!?
やめて……ッッ!!!」
ケバルが跨る様にしてマルフィクの上に立つ。
涙ながらの命乞いに眉ひとつ動かさないまま矛先を左胸に向け、遂に……
「トドメっと。」
その瞬間に一切の躊躇は無かった。
胸部を貫通し床にまで深く突き刺さった槍が、それを証明する。
槍を引き抜くと血がダクダクと流れ出す。
自らの血溜まりに浸りながらマルフィクは静かに絶命した。
〜〜〜〜
車の中で大人しくケバル帰りを待つ付き人と運転手の2人。
暇を持て余し、こんな雑談を始める。
「そう言えばお前、今のアシ役から異動やってな?
どこ配属になるんや?」
「ケバルさんの部署っす。」
「はぁ!?お前みたいなペーペーが!?
やってけるんかよ……」
「『ケツモチ部』って、そんな大変なんすか?」
「なに言っとんのじゃボケ!
ケツモチ部はサビクさんの管轄やろ!」
「えぇ!?そうなんすか!?
でもケツモチの奴らに指示出してるの、ケバルさんしか見た事ないっすよ?」
「サビクさんは、ほら……オツムが……な?
せやからケバルさんが手伝っとんねん。
まぁ実際は手伝い言うより、ほぼメインやが……」
「じゃあケバルさんの本来の管轄って何なんすか?」
「あの人は『情報部』や。」
「情報部?そんな部あったんや……
情報集めとかするんすか?」
「まぁ、それも仕事のひとつや。
せやけど、それよりも重要な役割が”情報操作”や。事実の揉み消しや書き換えやな。
俺らみたいなモンがこうやってお天道様の下を堂々歩けてんのは、情報部のお陰っつう訳や。」
「へ〜!!
そら頭上がらないっすわ!!」
「情報部の奴らはスパイみたいなもんやから滅多に顔見いへん。
もし会う事があったら媚び売っといて損無いぞ。
情報部の奴らが動いたら、ホンマに起きた事なんて事実とは何も関係無くなる。
事実は情報部の奴ら、強いてはケバルさんが決める事やからな。」
〜〜〜〜
弟の血で汚れたパーティ会場。そこでケバルは優雅に1杯の酒を呑む。
喉を潤した後椅子に脚を組みながら座り、電話を手に取り何処かに掛け始めた。
服が汚れていないかチェックしながら相手が出るのを待つ。
4コール目で繋がった。
自分の名すら言わないまま一言目から要件を伝える。
「今から言う事を事実にしろ。
“マリフィクが例の女司祭に殺られた。”」