1節
文字数 2,414文字
そこはコスモスの東端に位置し、所狭しと建造物が立ち並ぶ他の街区と違い豊かな緑を残す。
近くにネブラ湖という潤沢な水源があり、それを活かした畑や果樹園が区内各地に広がっている。元々の穏やかな気候も相まってとても品質のいい農作物が安定して収穫出来ている。
しかし近年の人口爆発に収穫量が追いついておらず、国民の食糧を賄いきれていないのが実情。そのため、日頃一般市民が口にする食べ物の大半は国外からの輸入品である。
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「ですが!
今日はなんと、ここで収穫出来るオレンジを頂ける事になっています!!」
「ヨッシャーー!」
「糖分は脳にいいので嬉しいですね。」
「私オレンジ大好きッ!」
「(*゚▽゚)ノ」
青空の下、スピカの発表を聞いて子供達の歓声が湧き上がる。
この日スピカはビエラ、ミモザ、リギル、ポルックスの4人を連れ、農園区で課外授業に来ている。
「ただしッ!
今日の収穫を手伝うのが条件です。みんなしっかり働く様に!」
「エェ〜!!」
「そこ、うるさい!
働かざる者食うべからず。これも社会勉強よ!」
今回の課外授業に協力してくれたオレンジ園の持ち主であるお婆さん、ハマルにオレンジの摘み方を教えてもらい早速収穫を始める。
ビエラとミモザ、リギルとポルックスの二組に分かれる。梯子を使う時は必ず1人が梯子を支え、もう1人が登る様に指示する。
ビエラとミモザは既に寝食を共にした仲なので、喧嘩もせずに交代で順調に摘み取っていく。
それに引き換えリギル、ポルックスコンビは——
「それじゃ教えてもらった採り方と違うじゃないか!」
「別に採れりゃいいだろ、こんなの。」
「ダメに決まってるだろ!
キレイに収穫しないと売り物にならなくなる!
代わってくれ。ボクがやる!」
「ウワッ!バカ!
梯子から手離すなって!」
体勢を崩してリギルがポルックスの上に落ちる。スピカが駆け寄り大丈夫かと心配するが、積み重なりながらも2人の言い争いは続いていた。
大雑把で細かい事は気にしないリギルと、真面目で几帳面なポルックス。性格が正反対のため日常的によくケンカしているので珍しい事ではない。
だが今日は年長者の2人に頑張ってもらわないと、いつまで経っても収穫が終わらない。
「あなた達!
このままじゃ年下の女の子に負けるわよ!」
スピカがビエラとミモザの籠を指差す。もう随分収穫量に差が付いている。
このまま大差で負ける様ならご褒美のオレンジはお預けだ!と念押しの脅しをかけた事で、ようやく2人のお尻に火が付く。
「フッ……、ビエ子にミモ子か。
相手にとって不足はねぇ。」
(いや、不足しててよ。そこは。)
「おい、ポル!
これから逆転するにはどうすれば良い?」
「2人の身長なら高い位置のオレンジは梯子を使っても届かないはず。
なので……」
「先に低い場所から採る!」「先に低い場所から採ろう!」
「こ、こいつら汚ねぇ……」
しかし本気になった2人のコンビプレーは完璧で、次々と凄い勢いで収穫していく。
「さすがは物心ついた時からの親友と言ったところね。」
「疲れたぁ〜」
「ミモザちゃんとビエラ様、お疲れ様。休憩してイイよ。
お兄ちゃん達が頑張ってくれてるから。」
「(*・ω・)ファイトォ~♪」
——数時間後——
随分働いたので休憩に入る5人。
リギルとポルックスの頑張りによって予定よりも順調に収穫が進み、オレンジ園のお婆さんは大喜びだった。
お礼にと持ち帰り用の一袋分とは別に、取れた分から好きなだけ休憩中に食べていい事になる。
重労働の元を取ろうとみんな我先にオレンジを頬張る。
採れたてという事もあり、すごく甘くて水々しい。いつも食べている果物とは一線を引く美味しさに笑みが溢れる。
飽きる程食べて、満腹感から来る眠気を感じていた。
そんな時、遠くから男性の大声が聞こえて来る。
「オラァーーーッ!
今日こそ俺がブッ殺してやらぁッ!!」
のんびりしたが田舎に似つかわしくない物騒な怒号。何かあったのだろうか?
声のした方を見ると何か小さな影がこちらに近付いて来るのが見えた。それも1つじゃない。10以上はある。
野犬……にしては小さ過ぎる。なら野良猫か?
正体を掴むよりも早く、それは眼前に迫る。
間近で捉えたその姿は想像していた様な小動物ではなかった。
「な、何アレ!?」
なんとそれは布と綿でできた身体を持つ小さな人形達だった。それが土埃を上げながら大挙して押し寄せて来る。
その小さな手には鉈やハサミといった凶器が握られていた。
迫り来る人形達。形は小さいが動きは速い。この距離ではもう逃げられない!
スピカは子供達に自分の元に集まるように呼びかけ、覆い隠すようにして蹲る。
しかし人形はスピカ達には目もくれず、手にした鉈やハサミを振り回しオレンジを乱雑に刈り取っていく。収穫物を集めておいた籠もひっくり返される。
奪ったオレンジを人形は口へと運び、身体のサイズ以上に大量に丸呑みにしていく。
不可思議だが、ともかく無視されている間に逃げよう。
動き出そうとしたその時、突如銃声が鳴り響く。
発泡音に驚き悲鳴を上げるミモザ。銃弾は5人のすぐ近くにあったオレンジの木の幹に当たった。
近くに子供もいるのに一体誰が!?スピカが音がした方を睨む。そこには猟銃を手に目を血張らせた1人のオヤジがいた。
あろう事かその人物は銃に弾を込め直している。また撃つ気だ。
止めろ!そう叫びかけた直前、一体の人形が奇声を発する。
すると人形達はオレンジの略奪を中断し一斉に逃げ去って行った。
「クソッ!!
また逃げやがった!臆病者め!」
人形は最早残って居ないのに、空に向かって無用な1発を撃つオヤジ。その音でまた子供達が怯える。
スピカはもう大丈夫だと声を掛け安心させる。
一先ず危険は去った。
だが、無残に荒らされたオレンジ園を見て誰もが喪失感を禁じ得ないのだった。