きっと、朝はまた来る/キミの寝顔の傍らで 城崎side・2
文字数 1,452文字
そこに、どこから聞き付けたのか、厳格そうな教授が一人現れて。
キミは、途端に嫌な顔つきになったよね。
教授に見せないように顔を横に背けていたけど、その先のベンチに座っていた僕からはその表情が丸わかりだった。
『中庭とはいえ、病院の敷地内で猫に対して診察の真似事をするとは何事だ!』
着くや否やそう怒鳴りつけた教授に、キミはひとまず冷静な態度で頭を下げた。
でも。
教授が放った次の言葉に、キミは絶対に折れようとしなかった。
「こんなくだらない猫のことなんか、放っておけばいいんだ!」
「——」
キミの表情が凍てついた瞬間だった。
冷静沈着に、それでいて強く、キミの抱く信念を打ち返したよね。
「一つの命に、『くだらない』なんて言葉、口にしないでいただけますか」
「なに!?」
「猫って、充電式か何かのおもちゃですか? 小さな動物でも、命を持ってこの世で懸命に生きてるんです」
「はっ、くだらない…、」
「くだらないでしょうか? 私には、とてもそうは思えません」
「っ、偉そうに! だいたいキミは、自分の立場を分かっているのか!? この私に反論するなど…、」
「分かっています。私は下っ端の救命医です。ですが、人間であれ動物であれ、命の重さというものをしっかりと心に留 めていただきたい」
「……ふん!」
「且つ、命を深く重んじ、それを守ろうとしている子どもの前で、言葉を選んでいただきたいと思います」
キミは凛として言い放った。
絶対に譲れない想いなのだと、その瞳が物語っていた。
決まりが悪くなったのかそれ以上は何も言うことなく苛立った様子で立ち去った教授に、キミはやれやれと嘆息して。
そしてまた、最初と同じ笑顔で男の子に向き直ったよね。
「後でさ、良い獣医さんを見つけたら連絡するね。君の家の電話番号はこっちで調べれば分かるから」
「…、うん…。柚月先生、ごめんね」
「なんで?」
「だって…、先生、あの怖い先生に怒られちゃったから…」
「なーんだ、そんなことか。何の心配もいらないよ」
「でも、僕のせいで…、僕、先生に助けてもらってばかりだ…」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」
「でも…、」
「…あ。そうだ。じゃあさ、先生のために、一つ約束してくれるかな?」
「約束? どんな約束?」
「君の優しい気持ち、そのままで。大人になっても、生き物や動物の命も大切に思う、ずっとそのままの君でいて欲しいな。それが、君が先生にしてくれたら嬉しい約束」
「…分かったっ! 絶対に約束するっ!」
「よしっ、約束だぞ~!」
勇ましい笑顔で隆起した男の子の頬を優しく撫でた後、キミはその子と小指を絡ませて指切りげんまんを歌ってた。
……やっぱり、なんだか不思議な女の子。
稀有な人種を見るようにそう思いながらも、僕は、笑顔のキミから目が離せずにいた。
…
それから日が経っても、キミのことがずっと心に引っかかってて。
僕、ちょっとだけキミのことを調べたんだ。
<藤沢匠 >
調べていくうちに、キミのお父さんの名前を目にしてすごく驚いたよ。
だって、藤沢さんは僕の父の古くからの友人で、
僕がまだ小さい頃、時々家に訪れた藤沢さんが僕や兄とよく一緒に遊んでくれたから。
ある時、奥さんも一緒に連れ立って、藤沢さんが抱っこしている腕の中にはまだ2歳くらいのキミがいた。
その頃の僕はまだ5歳くらいだったと思うし、幼かったキミと関わった記憶はほとんど曖昧だけど、今になって思えば不思議な縁だよね。
けど、しばらくして、
僕たち家族は父の仕事の都合で海外へ行くことになって、藤沢さんとも自然と疎遠になっていったんだ。
→
キミは、途端に嫌な顔つきになったよね。
教授に見せないように顔を横に背けていたけど、その先のベンチに座っていた僕からはその表情が丸わかりだった。
『中庭とはいえ、病院の敷地内で猫に対して診察の真似事をするとは何事だ!』
着くや否やそう怒鳴りつけた教授に、キミはひとまず冷静な態度で頭を下げた。
でも。
教授が放った次の言葉に、キミは絶対に折れようとしなかった。
「こんなくだらない猫のことなんか、放っておけばいいんだ!」
「——」
キミの表情が凍てついた瞬間だった。
冷静沈着に、それでいて強く、キミの抱く信念を打ち返したよね。
「一つの命に、『くだらない』なんて言葉、口にしないでいただけますか」
「なに!?」
「猫って、充電式か何かのおもちゃですか? 小さな動物でも、命を持ってこの世で懸命に生きてるんです」
「はっ、くだらない…、」
「くだらないでしょうか? 私には、とてもそうは思えません」
「っ、偉そうに! だいたいキミは、自分の立場を分かっているのか!? この私に反論するなど…、」
「分かっています。私は下っ端の救命医です。ですが、人間であれ動物であれ、命の重さというものをしっかりと心に
「……ふん!」
「且つ、命を深く重んじ、それを守ろうとしている子どもの前で、言葉を選んでいただきたいと思います」
キミは凛として言い放った。
絶対に譲れない想いなのだと、その瞳が物語っていた。
決まりが悪くなったのかそれ以上は何も言うことなく苛立った様子で立ち去った教授に、キミはやれやれと嘆息して。
そしてまた、最初と同じ笑顔で男の子に向き直ったよね。
「後でさ、良い獣医さんを見つけたら連絡するね。君の家の電話番号はこっちで調べれば分かるから」
「…、うん…。柚月先生、ごめんね」
「なんで?」
「だって…、先生、あの怖い先生に怒られちゃったから…」
「なーんだ、そんなことか。何の心配もいらないよ」
「でも、僕のせいで…、僕、先生に助けてもらってばかりだ…」
「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」
「でも…、」
「…あ。そうだ。じゃあさ、先生のために、一つ約束してくれるかな?」
「約束? どんな約束?」
「君の優しい気持ち、そのままで。大人になっても、生き物や動物の命も大切に思う、ずっとそのままの君でいて欲しいな。それが、君が先生にしてくれたら嬉しい約束」
「…分かったっ! 絶対に約束するっ!」
「よしっ、約束だぞ~!」
勇ましい笑顔で隆起した男の子の頬を優しく撫でた後、キミはその子と小指を絡ませて指切りげんまんを歌ってた。
……やっぱり、なんだか不思議な女の子。
稀有な人種を見るようにそう思いながらも、僕は、笑顔のキミから目が離せずにいた。
…
それから日が経っても、キミのことがずっと心に引っかかってて。
僕、ちょっとだけキミのことを調べたんだ。
<藤沢
調べていくうちに、キミのお父さんの名前を目にしてすごく驚いたよ。
だって、藤沢さんは僕の父の古くからの友人で、
僕がまだ小さい頃、時々家に訪れた藤沢さんが僕や兄とよく一緒に遊んでくれたから。
ある時、奥さんも一緒に連れ立って、藤沢さんが抱っこしている腕の中にはまだ2歳くらいのキミがいた。
その頃の僕はまだ5歳くらいだったと思うし、幼かったキミと関わった記憶はほとんど曖昧だけど、今になって思えば不思議な縁だよね。
けど、しばらくして、
僕たち家族は父の仕事の都合で海外へ行くことになって、藤沢さんとも自然と疎遠になっていったんだ。
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