赤い糸 ・1
文字数 1,105文字
やっぱり、無茶をしてはいけない。
酔っ払った上に雨に打たれたせいか、すっかり風邪を引いてしまった私は、39度を超える高熱を出してしまった。
病床に伏せること3日。
一昨日からようやく熱も下がり、具合もすっかり良くなった。
「ダメだよ? 柚月ちゃん」
今日から心機一転、病院に出勤しようとした病み上がりの私を心配した城崎さんが、すぐさま見咎める。
「元気になりましたから、大丈夫です」
「もう一日ゆっくりしたほうがいいよ」
「…休み過ぎですよ」
「休み過ぎるぐらいがちょうどいいの」
「熱も下がったのにこれ以上休んだら、さすがに解雇になっちゃいますよ…」
「話が通じないようなそんな病院、こっちから願い下げ。辞めちゃえばいいよ」
「簡単に言わないでください」
「……」
それ以上口を噤んでしまった城崎さんは、まるで絵に描いたように駄々っ子だ。
(…ああ、一歩も引くつもりがない目をしている…)
半ば諦めたように項垂れて嘆息しつつも、再度交渉を試みた。
「ほんとにもう大丈夫なんですけど…」
「……」
「体調もすっかり良くなったし、」
「……」
「聞いてます?」
「……聞いてます」
「早く仕事したいんですよね」
「…そう」
「はい」
「じゃあ、せめて送迎するから」
「え」
「送迎、するからね?」
「ほんとに平気ですって」
「だーめ。もしもぶり返したらどうするの? ただでさえ、自分のことそっちのけですぐに無理しちゃうのに」
「…、」
「これは譲らないからね?」
「……分かりましたよ、送迎、お願いします…」
病み上がりのせいもあるのか、いつものような言い合いに発展させるほどの気力を費やせず、あっさり降参する。
今から仕事というときに、些細な軋轢のせいでこれ以上心身を摩耗したくない。
(ここはおとなしく、そしてありがたく従おう…)
…というか。
よく考えたら、城崎さんの言うことになんて耳を貸さずにサラッと無視すればいいのに、いつのまにか自然と従ってしまっている。
きっと、あの日から。
あのとき、城崎さんが意地悪く……、
いや、しっかりと杭を打ち込むように喝を入れてくれたから、私はまた前を向いて突き進む気持ちになれたのだ。
「しんどくなったら引き返すから、正直に言うんだよ?」
「……、」
「引き返されたら困るって顔しないの」
「分かってますよ、もう」
だから、以前よりもずっと彼に心を許し、確実に変容し始める自分の胸内を少しずつ認めざるを得なくなっていた。
(…まあ、最初はいきなりキツイこと言われて、ちょっと驚いたけど…)
城崎さんの愛車まで、玄関のアプローチを歩きながらこっそりと苦く笑う。
「……」
悔しいけど、本当に。
深淵に沈んだ私を救い出してくれたあの日の城崎さんには、心から感謝している。
→
酔っ払った上に雨に打たれたせいか、すっかり風邪を引いてしまった私は、39度を超える高熱を出してしまった。
病床に伏せること3日。
一昨日からようやく熱も下がり、具合もすっかり良くなった。
「ダメだよ? 柚月ちゃん」
今日から心機一転、病院に出勤しようとした病み上がりの私を心配した城崎さんが、すぐさま見咎める。
「元気になりましたから、大丈夫です」
「もう一日ゆっくりしたほうがいいよ」
「…休み過ぎですよ」
「休み過ぎるぐらいがちょうどいいの」
「熱も下がったのにこれ以上休んだら、さすがに解雇になっちゃいますよ…」
「話が通じないようなそんな病院、こっちから願い下げ。辞めちゃえばいいよ」
「簡単に言わないでください」
「……」
それ以上口を噤んでしまった城崎さんは、まるで絵に描いたように駄々っ子だ。
(…ああ、一歩も引くつもりがない目をしている…)
半ば諦めたように項垂れて嘆息しつつも、再度交渉を試みた。
「ほんとにもう大丈夫なんですけど…」
「……」
「体調もすっかり良くなったし、」
「……」
「聞いてます?」
「……聞いてます」
「早く仕事したいんですよね」
「…そう」
「はい」
「じゃあ、せめて送迎するから」
「え」
「送迎、するからね?」
「ほんとに平気ですって」
「だーめ。もしもぶり返したらどうするの? ただでさえ、自分のことそっちのけですぐに無理しちゃうのに」
「…、」
「これは譲らないからね?」
「……分かりましたよ、送迎、お願いします…」
病み上がりのせいもあるのか、いつものような言い合いに発展させるほどの気力を費やせず、あっさり降参する。
今から仕事というときに、些細な軋轢のせいでこれ以上心身を摩耗したくない。
(ここはおとなしく、そしてありがたく従おう…)
…というか。
よく考えたら、城崎さんの言うことになんて耳を貸さずにサラッと無視すればいいのに、いつのまにか自然と従ってしまっている。
きっと、あの日から。
あのとき、城崎さんが意地悪く……、
いや、しっかりと杭を打ち込むように喝を入れてくれたから、私はまた前を向いて突き進む気持ちになれたのだ。
「しんどくなったら引き返すから、正直に言うんだよ?」
「……、」
「引き返されたら困るって顔しないの」
「分かってますよ、もう」
だから、以前よりもずっと彼に心を許し、確実に変容し始める自分の胸内を少しずつ認めざるを得なくなっていた。
(…まあ、最初はいきなりキツイこと言われて、ちょっと驚いたけど…)
城崎さんの愛車まで、玄関のアプローチを歩きながらこっそりと苦く笑う。
「……」
悔しいけど、本当に。
深淵に沈んだ私を救い出してくれたあの日の城崎さんには、心から感謝している。
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