My All ・1
文字数 1,582文字
「舞雪、元気そうだね」
「うん! 最近は、あまり体調も悪くならないから嬉しいの。柚月も元気そうで良かった」
昔から変わらない小鈴が鳴るような可愛らしい声を奏でて、舞雪は柔らかに微笑んだ。
直接会って話がしたいと電話があってから数日後、互いの休みの日に都合が付かなかった私のために、舞雪は勤務先まで足を運んでくれた。
私が渡米する前にどうしても話しておきたいことがあると、舞雪はそのときの電話で話していた。
(……)
そして私も、舞雪に伝えなければならないことがある。
「仕事、忙しい?」
「んー…急患は少ないけど、外来はいつものように混んだかな」
「ごめんね、貴重な休憩時間なのにお邪魔して…」
「ううん、全然。来てくれてありがとう」
開放感のある大きなFIX窓に面した休憩エリアで、舞雪と二人、木製のベンチに腰を下ろし、
それぞれが売店で購入したホットドリンクを飲む。
「…わ、このレモンティーおいしい!」
「今度、私もそれ買ってみようかな」
「おすすめだよ」
「売店の人が良い宣伝をしてくれたって喜ぶよ」
「ふふ、良いものは広めなきゃね」
「そうだね」
舞雪の明るい笑顔に微笑み返して、窓辺の広い風景に目を遣った。
晴れていれば十分な採光があり、今のような寒い冬にはそれなりの暖が取れるが、あいにく今日は曇り空。
「舞雪、寒くない?」
「うん、大丈夫」
「そっか、良かった」
「………ね、柚月」
「ん?」
「この間の電話で、どうしても柚月に直接会って話しておきたいことがあるって言ったでしょ?」
「…うん」
「そのことなんだけどね。実は私……、城崎さんに振られちゃったんだ」
「っ、…!?」
たった今、口に含んだばかりのコーヒーを、いつかの夜みたいに吹き出しそうになる。
「ッ…、」
(『振られちゃった』…!?)
何でもないことのように舞雪の口からサラッと滑り出た、失恋の言葉。
正直、他人事のような彼女のいきなりの発言に頭の中が混乱する。
城崎さんの自分への感情を知らなかったわけじゃないが、すでにそんな話になっていたとは思ってもみなくて。
「大丈夫?! はい、これ使って?」
「…ご、ごめん、ありがと…」
かろうじで白衣を汚すことなくコーヒーを飲み下せたが、機敏な所作で差し出されたハンカチを言われるままに受け取る。
(…いつの間にそんなことに…、)
疑問符の答えを回収したくて口を開こうとしたとき、舞雪が穏やかにその真相を並べ始めた。
「ごめんね。本当は少し前に城崎さんから言われてたことだったんだけど、なかなか言い出せなくて…。でも、もう大丈夫」
「…『もう大丈夫』って、どういう意味?」
「城崎さんのことは、もう諦めたってこと」
「そんな…、」
「少しだけ時間がかかっちゃったけど、今はもう全然平気だよ」
「…、」
「柚月、そんな顔しないで…?」
私の顔が泣き出しそうに歪んだからだろう、舞雪が切なげに小首を傾げた。
「だってさ…、」
「実はね。柚月に、城崎さんと直接連絡を取るように言われてから、勇気を振り絞って自分から連絡したんだけど、そのときに『僕も話がある』って言われて」
「……」
「『僕にはとても好きな人がいるから、これ以上、他の女の子と出かけることはできない』って言われたの」
「———」
「『自分の気持ちに嘘はつきたくないから、ごめんね』って」
「……、ちょっと待って、じゃあ、その話をしてから、もうずっと城崎さんとは会ってなかったってこと?」
「うん。会ってないし、連絡も取ってないよ」
「——そう、なんだ…」
動揺で揺れる視線と低い声色を下方に落とす。
今日、自分の城崎さんへの気持ちを舞雪に打ち明ける…そう心に決めていた。
<好き>が至大に膨らんで、もう自分の心を偽りたくないという想いから生まれた決意。
けれど、その先にある、両想いを叶えることまでは考えていなかったから。
恋を失った舞雪の気落ちを推し量ると辛くて、一瞬、思考回路の稼働が停止した。
→
「うん! 最近は、あまり体調も悪くならないから嬉しいの。柚月も元気そうで良かった」
昔から変わらない小鈴が鳴るような可愛らしい声を奏でて、舞雪は柔らかに微笑んだ。
直接会って話がしたいと電話があってから数日後、互いの休みの日に都合が付かなかった私のために、舞雪は勤務先まで足を運んでくれた。
私が渡米する前にどうしても話しておきたいことがあると、舞雪はそのときの電話で話していた。
(……)
そして私も、舞雪に伝えなければならないことがある。
「仕事、忙しい?」
「んー…急患は少ないけど、外来はいつものように混んだかな」
「ごめんね、貴重な休憩時間なのにお邪魔して…」
「ううん、全然。来てくれてありがとう」
開放感のある大きなFIX窓に面した休憩エリアで、舞雪と二人、木製のベンチに腰を下ろし、
それぞれが売店で購入したホットドリンクを飲む。
「…わ、このレモンティーおいしい!」
「今度、私もそれ買ってみようかな」
「おすすめだよ」
「売店の人が良い宣伝をしてくれたって喜ぶよ」
「ふふ、良いものは広めなきゃね」
「そうだね」
舞雪の明るい笑顔に微笑み返して、窓辺の広い風景に目を遣った。
晴れていれば十分な採光があり、今のような寒い冬にはそれなりの暖が取れるが、あいにく今日は曇り空。
「舞雪、寒くない?」
「うん、大丈夫」
「そっか、良かった」
「………ね、柚月」
「ん?」
「この間の電話で、どうしても柚月に直接会って話しておきたいことがあるって言ったでしょ?」
「…うん」
「そのことなんだけどね。実は私……、城崎さんに振られちゃったんだ」
「っ、…!?」
たった今、口に含んだばかりのコーヒーを、いつかの夜みたいに吹き出しそうになる。
「ッ…、」
(『振られちゃった』…!?)
何でもないことのように舞雪の口からサラッと滑り出た、失恋の言葉。
正直、他人事のような彼女のいきなりの発言に頭の中が混乱する。
城崎さんの自分への感情を知らなかったわけじゃないが、すでにそんな話になっていたとは思ってもみなくて。
「大丈夫?! はい、これ使って?」
「…ご、ごめん、ありがと…」
かろうじで白衣を汚すことなくコーヒーを飲み下せたが、機敏な所作で差し出されたハンカチを言われるままに受け取る。
(…いつの間にそんなことに…、)
疑問符の答えを回収したくて口を開こうとしたとき、舞雪が穏やかにその真相を並べ始めた。
「ごめんね。本当は少し前に城崎さんから言われてたことだったんだけど、なかなか言い出せなくて…。でも、もう大丈夫」
「…『もう大丈夫』って、どういう意味?」
「城崎さんのことは、もう諦めたってこと」
「そんな…、」
「少しだけ時間がかかっちゃったけど、今はもう全然平気だよ」
「…、」
「柚月、そんな顔しないで…?」
私の顔が泣き出しそうに歪んだからだろう、舞雪が切なげに小首を傾げた。
「だってさ…、」
「実はね。柚月に、城崎さんと直接連絡を取るように言われてから、勇気を振り絞って自分から連絡したんだけど、そのときに『僕も話がある』って言われて」
「……」
「『僕にはとても好きな人がいるから、これ以上、他の女の子と出かけることはできない』って言われたの」
「———」
「『自分の気持ちに嘘はつきたくないから、ごめんね』って」
「……、ちょっと待って、じゃあ、その話をしてから、もうずっと城崎さんとは会ってなかったってこと?」
「うん。会ってないし、連絡も取ってないよ」
「——そう、なんだ…」
動揺で揺れる視線と低い声色を下方に落とす。
今日、自分の城崎さんへの気持ちを舞雪に打ち明ける…そう心に決めていた。
<好き>が至大に膨らんで、もう自分の心を偽りたくないという想いから生まれた決意。
けれど、その先にある、両想いを叶えることまでは考えていなかったから。
恋を失った舞雪の気落ちを推し量ると辛くて、一瞬、思考回路の稼働が停止した。
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