きっと、朝はまた来る/キミの寝顔の傍らで 城崎side・1
文字数 1,929文字
キミはまだよく知らないよね。
どうして僕が、少し前からキミのことを知っているのか…、
まだきちんと話していないから、当然なんだけど。
僕は以前、キミを見かけてる。
キミが勤めるK医大救命救急センターでね。
あの頃、僕は一般病棟に入院している患者さんから調査の依頼を受けていて、仕事のために何度かそこに通う必要があった。
一般病棟と救命センターって、玄関ホールが一緒でしょ?
いつ行っても人がたくさんで、正直、あまり好きな場所じゃなかった。
そんなある日、柚月ちゃん、キミを見かけた。
キミが、病院に在籍して一年くらい経った頃だったかな。
ストレッチャーに乗って運ばれてきた患者さんにすぐさま駆け寄って、その場で懸命に心肺蘇生を行なってた。
すごく真剣な表情で。
脈が触れたとき、とても嬉しそうだったよね。
別に、最初はキミのことを何とも思わなかった。
素敵なお医者さんだな…くらいは思ったかもしれないけど、もともと一目惚れなんてしないし、それ以上の感情が自分の心を占めることなんてあり得なかった。
……あり得ないはず、だったんだけどね。
あの日は、ポカポカ陽気でとても天気が良くてね。
僕は、クライアントさんへの報告業務を済ませるために病院へ出向いたんだけど、その人がちょうど検査中で。
終わるまで待っていて欲しいって言われたから、病院の中庭のベンチで時間を潰してたんだ。
お昼前だったかな…、
ちょうどおなかも空いてきたし、売店でサンドイッチを買って食べてた。
そしたら、そこにキミが現れて。
『…あ。あの子だ…』って、ぼんやりと思った。
今思えば、無意識にキミのこと、気になってたのかもしれない。
前を通り過ぎるキミを人間観察みたく眺めていたら、少し離れた場所にいた警備員のおじさんと一人の男の子に近づいて、
聞こえてくる声を拾うと、その男の子は以前キミが担当した患者さんで、どうやらキミは、警備員さんに呼ばれた様子だった。
男の子は、小学校中学年くらいの年頃だったかな?
その子は、自分の上半身くらいはありそうな大きな猫を胸に抱いてた…とても大切そうに。
話し声にさらに耳を傾けていたら、どうやらその子、キミに猫を助けて欲しいって言ってるじゃない。
動物のお医者さんでもないキミに無茶振りだなって、内心苦笑いしたよ。
でも…、
警備員のおじさんがめんどくさそうに顔を曇らせたのとは対照的に、キミはまるでお日様みたいな笑顔を広げたよね。
「柚月先生、お願いっ…、こいつ、僕の友達なんだよ…! 先生はお医者さんだから、こいつのこと治せるよね?!」
……いや、動物は獣医さんじゃなきゃダメでしょ。
全くの部外者である僕も思わず歩み寄ってツッコミそうになったけど、男の子はまだ幼かったし、切羽詰まった様子だったから、ひとまず黙って静観してた。
それに、キミがいったいどんな返事をするんだろうって、ちょっと興味もあったんだ。
「可愛い友達だなあ。…よし、ちょっと病院の中へは連れて行けないから、ここで少し診てみようか」
ふーん、診てあげるんだ…。
そんな先生って珍しい…っていうか、ちょっと変わってない?
…そう思った。
キミは男の子の手から優しく猫を抱き上げて膝上に乗せると、顔や耳、手足や腹部、尻尾に至るまで、じっくり手を当てて丁寧に触診し始めた。
「ご飯もあまり食べないで、いつもみたいに元気に動かないんだ。隅っこでジッとしてばかりで…」
「…そうなんだね…」
男の子の不安そうな声に頷きながら、獣医でもないキミなりの診察を続けていく。
「ジッとし始めたのは、最近?」
「うん、そんなに前からじゃない」
「…、なるほどね…」
「大丈夫かな、柚月先生…、こいつ、死んだりなんかしないよね?」
「……うん、それはないと思うよ、今のところは」
「ほんとに?!」
「うん。おそらく、病気じゃないな、これは」
「え?!」
「このコね…、たぶん、もうすぐ赤ちゃんを産むよ」
そう告げたと同時に、男の子に向けたキミの笑顔といったら…、
笑顔で人を癒すことってほんとにできるんだなって、そのとき初めて知った気がしたよ。
「じゃあ、こいつ…、もうすぐママになるの?!」
「おなかの中にいる赤ちゃんの数はそれほど多くないかもしれないけど、たぶん、そうだと思う」
「やったあ!」
「とりあえず、動物のお医者さんにちゃんと診てもらったほうが安心だね…、」
輝くような笑顔の男の子に向けて、<かかりつけの獣医さんはいるか>とキミは訊ねたよね。
案の定というか、男の子は首を横に振って…、
どうするのかなと思って見ていたら、キミが良い獣医さんを探してあげるって言った。
…ちょっと、そんな時間があるくらいに暇なの? お医者さんって。
またツッコミそうに言葉が頭をぐるぐるしてたけど、僕は静かに傍観者を続けた。
→
どうして僕が、少し前からキミのことを知っているのか…、
まだきちんと話していないから、当然なんだけど。
僕は以前、キミを見かけてる。
キミが勤めるK医大救命救急センターでね。
あの頃、僕は一般病棟に入院している患者さんから調査の依頼を受けていて、仕事のために何度かそこに通う必要があった。
一般病棟と救命センターって、玄関ホールが一緒でしょ?
いつ行っても人がたくさんで、正直、あまり好きな場所じゃなかった。
そんなある日、柚月ちゃん、キミを見かけた。
キミが、病院に在籍して一年くらい経った頃だったかな。
ストレッチャーに乗って運ばれてきた患者さんにすぐさま駆け寄って、その場で懸命に心肺蘇生を行なってた。
すごく真剣な表情で。
脈が触れたとき、とても嬉しそうだったよね。
別に、最初はキミのことを何とも思わなかった。
素敵なお医者さんだな…くらいは思ったかもしれないけど、もともと一目惚れなんてしないし、それ以上の感情が自分の心を占めることなんてあり得なかった。
……あり得ないはず、だったんだけどね。
あの日は、ポカポカ陽気でとても天気が良くてね。
僕は、クライアントさんへの報告業務を済ませるために病院へ出向いたんだけど、その人がちょうど検査中で。
終わるまで待っていて欲しいって言われたから、病院の中庭のベンチで時間を潰してたんだ。
お昼前だったかな…、
ちょうどおなかも空いてきたし、売店でサンドイッチを買って食べてた。
そしたら、そこにキミが現れて。
『…あ。あの子だ…』って、ぼんやりと思った。
今思えば、無意識にキミのこと、気になってたのかもしれない。
前を通り過ぎるキミを人間観察みたく眺めていたら、少し離れた場所にいた警備員のおじさんと一人の男の子に近づいて、
聞こえてくる声を拾うと、その男の子は以前キミが担当した患者さんで、どうやらキミは、警備員さんに呼ばれた様子だった。
男の子は、小学校中学年くらいの年頃だったかな?
その子は、自分の上半身くらいはありそうな大きな猫を胸に抱いてた…とても大切そうに。
話し声にさらに耳を傾けていたら、どうやらその子、キミに猫を助けて欲しいって言ってるじゃない。
動物のお医者さんでもないキミに無茶振りだなって、内心苦笑いしたよ。
でも…、
警備員のおじさんがめんどくさそうに顔を曇らせたのとは対照的に、キミはまるでお日様みたいな笑顔を広げたよね。
「柚月先生、お願いっ…、こいつ、僕の友達なんだよ…! 先生はお医者さんだから、こいつのこと治せるよね?!」
……いや、動物は獣医さんじゃなきゃダメでしょ。
全くの部外者である僕も思わず歩み寄ってツッコミそうになったけど、男の子はまだ幼かったし、切羽詰まった様子だったから、ひとまず黙って静観してた。
それに、キミがいったいどんな返事をするんだろうって、ちょっと興味もあったんだ。
「可愛い友達だなあ。…よし、ちょっと病院の中へは連れて行けないから、ここで少し診てみようか」
ふーん、診てあげるんだ…。
そんな先生って珍しい…っていうか、ちょっと変わってない?
…そう思った。
キミは男の子の手から優しく猫を抱き上げて膝上に乗せると、顔や耳、手足や腹部、尻尾に至るまで、じっくり手を当てて丁寧に触診し始めた。
「ご飯もあまり食べないで、いつもみたいに元気に動かないんだ。隅っこでジッとしてばかりで…」
「…そうなんだね…」
男の子の不安そうな声に頷きながら、獣医でもないキミなりの診察を続けていく。
「ジッとし始めたのは、最近?」
「うん、そんなに前からじゃない」
「…、なるほどね…」
「大丈夫かな、柚月先生…、こいつ、死んだりなんかしないよね?」
「……うん、それはないと思うよ、今のところは」
「ほんとに?!」
「うん。おそらく、病気じゃないな、これは」
「え?!」
「このコね…、たぶん、もうすぐ赤ちゃんを産むよ」
そう告げたと同時に、男の子に向けたキミの笑顔といったら…、
笑顔で人を癒すことってほんとにできるんだなって、そのとき初めて知った気がしたよ。
「じゃあ、こいつ…、もうすぐママになるの?!」
「おなかの中にいる赤ちゃんの数はそれほど多くないかもしれないけど、たぶん、そうだと思う」
「やったあ!」
「とりあえず、動物のお医者さんにちゃんと診てもらったほうが安心だね…、」
輝くような笑顔の男の子に向けて、<かかりつけの獣医さんはいるか>とキミは訊ねたよね。
案の定というか、男の子は首を横に振って…、
どうするのかなと思って見ていたら、キミが良い獣医さんを探してあげるって言った。
…ちょっと、そんな時間があるくらいに暇なの? お医者さんって。
またツッコミそうに言葉が頭をぐるぐるしてたけど、僕は静かに傍観者を続けた。
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