きっと、朝はまた来る ・5
文字数 1,947文字
︙
「…寝ちゃったみたい」
「みてーだな…。…なあ、咲也くん」
「なに?」
「もしかして…、わざとだったのか?」
「…なにが?」
「だからさ、わざと柚月にあんな意地悪な言い方したのか?」
「……」
何も考えていないようで、颯太は時々鋭いところを突いてくる。
「…さあね。もともと意地悪だよ、僕」
「……、」
合点がいかないといったようなその表情は今までにも何度か見たことがあるけど、
僕は受け流すようにして本題に入った。
「それよりも颯太、今日はこのまま柚月ちゃんのこと、泊めてあげてくれる?」
「ああ、それは別にいいけど…、せっかく来たのに、連れて帰らねーの?」
「外、すごく寒いし。おまけに今日は雨にも濡れて…、無理に移動させて風邪引かせたくないから。…あ。もちろん、僕も一緒に泊まるからよろしく」
「え?」
「僕に布団はいらないから、柚月ちゃんは颯太のベッドに寝かせてあげて。颯太は、寝室にあるあの小さなソファーか、リビングに転がってでも寝れるでしょ?」
「俺はそれでいいけど、咲也くんもちゃんと寝ないとさ…、」
「僕は大丈夫。朝まで起きて、ずっと柚月ちゃんのそばにいるから」
「……、」
想像通りに作り出してくれる間 が楽しすぎて、思わず短く笑ってしまいながら颯太を見遣る。
「なに?」
「え、ああ、いや、別に…」
「僕は見張り番。いくら幼馴染って言っても、颯太も男の子だし。普通に考えて、嫁入り前の女の子と二人きりにはさせられないよ」
「あ…なるほど、そういう意味で泊まるのか」
「……君が一番納得しやすい理由でしょ」
「えっ?」
「ううん、なんでもないよ」
そう。
今は颯太が一番理解しやすい理由を述べる方が、何かとめんどくさくなくていい。
そもそも、柚月ちゃんを僕以外の男と二人きりにさせたくないから……だなんて。
ただでさえ、ちょっぴり勘繰っている颯太に、馬鹿正直に本音を告げて話をややこしく発展させることなく、今は穏やかに彼女の全てを守りたいから。
「……」
泣き疲れた子どものように微睡む彼女に視線を移せば、まるで美しく飾られた人形のようで。
「…器用だね、三角座りしたままぐっすり眠るなんて」
揶揄うように呟きながらも。
僕はその裏側で、彼女を想う切ない痛みを感じながら、聞こえてくる安らかな寝息に安堵していた。
︙
(ッ、頭が…、痛い…)
ふと目が覚めて、ゆっくりと起き上がる。
話の途中から宥めるように響いた城崎さんの声に安心したのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
「いてて…」
二日酔い確定の頭に手を当てながら周りを見澄ますと、私が眠っていたベッドの傍らでうつ伏せて眠る城崎さんと、壁際の小さなソファーで身を投げ出すようにして眠り込む颯太が視界に入った。
「……」
どこまでも優しく接してくれた颯太や、
突然現れた城崎さんの昨晩の姿が次第に思い出されて、脳内で画 になる。
特に、最初は叩き伏せてくるような城崎さんの態度や言葉に、悲しくて苛立ちすら覚えたけれど。
『…優しさの出し方って、人それぞれだから』
以前話していた城崎さんの言葉が何気なく巡って、彼の叱咤も、私の強張った心をほぐす為の優しさの思惑だったのだと感じた。
それは遠回しなやり方だったけれど、今思い返しても胸がじわりと暖かなもので満たされていく。
(……)
なぜ、城崎さんに弱った自分を見せたくないと思ったのか。
おそらく、もしも彼の優しさに触れたら、
きっと今までとは違ってくる自分の対応に困るから…、
そんな自分をどう扱えばいいのか困惑するから…なのかもしれない。
でも、結局は見事に救い出されて、今はただ、心の中は静 やかな湖の畔のように穏やかだった。
(…二人には、迷惑かけちゃったな…)
いずれ目を覚ます二人にどうやって詫びようかと熟考を重ねる。
「……、」
やっぱりまずは、<ありがとう>の言葉と、いつもの元気な笑顔を見せることが一番なのかもしれない。
そう思いながら、気持ちを奮い立たせて目元を引き締める。
(いつまでも、凹んでられない)
これから先にもたくさんの患者と出会い、命を繋ぐことを繰り返していく。
自分が医師としての情熱と誇りを胸に、この仕事に邁進し続ける限り…、
救えなかった命への深い想いを忘れることなく、それを新たな決意に変えて、強く胸に刻み込んで。
また一つ、前進するために。
「…、うん…、頑張ろう…!」
小さな呟きは、その中にまたさらなる強い信念を生み出した。
「…、っ、ん…、大丈夫だよ…、柚月、ちゃん…」
「…!」
不意に、うつ伏せた姿勢をもぞもぞと正した城崎さんの口から零れた寝言に、またほんのりと癒される。
「……」
長い雨も、
長い夜も、
きっと、頑張る人にはあり得ない。
必ず、朝はやって来る。
カーテンの隙間から漏れる眩しくも優しい朝日は、一つの苦しみを乗り越えた私を見守るように照らしてくれていた。
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「…寝ちゃったみたい」
「みてーだな…。…なあ、咲也くん」
「なに?」
「もしかして…、わざとだったのか?」
「…なにが?」
「だからさ、わざと柚月にあんな意地悪な言い方したのか?」
「……」
何も考えていないようで、颯太は時々鋭いところを突いてくる。
「…さあね。もともと意地悪だよ、僕」
「……、」
合点がいかないといったようなその表情は今までにも何度か見たことがあるけど、
僕は受け流すようにして本題に入った。
「それよりも颯太、今日はこのまま柚月ちゃんのこと、泊めてあげてくれる?」
「ああ、それは別にいいけど…、せっかく来たのに、連れて帰らねーの?」
「外、すごく寒いし。おまけに今日は雨にも濡れて…、無理に移動させて風邪引かせたくないから。…あ。もちろん、僕も一緒に泊まるからよろしく」
「え?」
「僕に布団はいらないから、柚月ちゃんは颯太のベッドに寝かせてあげて。颯太は、寝室にあるあの小さなソファーか、リビングに転がってでも寝れるでしょ?」
「俺はそれでいいけど、咲也くんもちゃんと寝ないとさ…、」
「僕は大丈夫。朝まで起きて、ずっと柚月ちゃんのそばにいるから」
「……、」
想像通りに作り出してくれる
「なに?」
「え、ああ、いや、別に…」
「僕は見張り番。いくら幼馴染って言っても、颯太も男の子だし。普通に考えて、嫁入り前の女の子と二人きりにはさせられないよ」
「あ…なるほど、そういう意味で泊まるのか」
「……君が一番納得しやすい理由でしょ」
「えっ?」
「ううん、なんでもないよ」
そう。
今は颯太が一番理解しやすい理由を述べる方が、何かとめんどくさくなくていい。
そもそも、柚月ちゃんを僕以外の男と二人きりにさせたくないから……だなんて。
ただでさえ、ちょっぴり勘繰っている颯太に、馬鹿正直に本音を告げて話をややこしく発展させることなく、今は穏やかに彼女の全てを守りたいから。
「……」
泣き疲れた子どものように微睡む彼女に視線を移せば、まるで美しく飾られた人形のようで。
「…器用だね、三角座りしたままぐっすり眠るなんて」
揶揄うように呟きながらも。
僕はその裏側で、彼女を想う切ない痛みを感じながら、聞こえてくる安らかな寝息に安堵していた。
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(ッ、頭が…、痛い…)
ふと目が覚めて、ゆっくりと起き上がる。
話の途中から宥めるように響いた城崎さんの声に安心したのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
「いてて…」
二日酔い確定の頭に手を当てながら周りを見澄ますと、私が眠っていたベッドの傍らでうつ伏せて眠る城崎さんと、壁際の小さなソファーで身を投げ出すようにして眠り込む颯太が視界に入った。
「……」
どこまでも優しく接してくれた颯太や、
突然現れた城崎さんの昨晩の姿が次第に思い出されて、脳内で
特に、最初は叩き伏せてくるような城崎さんの態度や言葉に、悲しくて苛立ちすら覚えたけれど。
『…優しさの出し方って、人それぞれだから』
以前話していた城崎さんの言葉が何気なく巡って、彼の叱咤も、私の強張った心をほぐす為の優しさの思惑だったのだと感じた。
それは遠回しなやり方だったけれど、今思い返しても胸がじわりと暖かなもので満たされていく。
(……)
なぜ、城崎さんに弱った自分を見せたくないと思ったのか。
おそらく、もしも彼の優しさに触れたら、
きっと今までとは違ってくる自分の対応に困るから…、
そんな自分をどう扱えばいいのか困惑するから…なのかもしれない。
でも、結局は見事に救い出されて、今はただ、心の中は
(…二人には、迷惑かけちゃったな…)
いずれ目を覚ます二人にどうやって詫びようかと熟考を重ねる。
「……、」
やっぱりまずは、<ありがとう>の言葉と、いつもの元気な笑顔を見せることが一番なのかもしれない。
そう思いながら、気持ちを奮い立たせて目元を引き締める。
(いつまでも、凹んでられない)
これから先にもたくさんの患者と出会い、命を繋ぐことを繰り返していく。
自分が医師としての情熱と誇りを胸に、この仕事に邁進し続ける限り…、
救えなかった命への深い想いを忘れることなく、それを新たな決意に変えて、強く胸に刻み込んで。
また一つ、前進するために。
「…、うん…、頑張ろう…!」
小さな呟きは、その中にまたさらなる強い信念を生み出した。
「…、っ、ん…、大丈夫だよ…、柚月、ちゃん…」
「…!」
不意に、うつ伏せた姿勢をもぞもぞと正した城崎さんの口から零れた寝言に、またほんのりと癒される。
「……」
長い雨も、
長い夜も、
きっと、頑張る人にはあり得ない。
必ず、朝はやって来る。
カーテンの隙間から漏れる眩しくも優しい朝日は、一つの苦しみを乗り越えた私を見守るように照らしてくれていた。
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