苛立ちのメカニズム ・2
文字数 1,249文字
「じゃあ、柚月。しばらくの間、頼んだぞ。咲也くんと仲良くしてやってくれ」
「ん…、分かった」
父の言葉に頷きつつも、それ以上は閉口して視線を落としてしまう。
大人としての態様は一応できてる。
頭の中ではきちんと理解しているつもりだ。
でも、本音を言えば、その心中は穏やかというわけではなく、むしろモヤモヤ感が泉のように湧き出ていた。
「…さて。部屋に戻って、読書の続きでもするかな」
城崎さんの同居について、私や母の同意を得たことに安堵したのだろう。
おもむろにソファーから立ち上がった父は、笑顔を湛えたまま自室へと姿を消してしまった。
「……」
「……」
「……」
リビングに残された私たち三人は、なんとなく無言のまま。
城崎さんと、
うちに寄った颯太と、
そして、私と。
それぞれに沈黙の裏で巡らせている事柄は共通していても、弾き出される考えはおそらく異なるだろう。
「……」
つまり、城崎さんの我が家での生活について、だ。
工事は最低でも3ヶ月かかるらしいが、父が言う<しばらくの間>というのは、無期限を意味する。
承諾したとはいえ、私にとってそれはとても気が重いものだった。
「…、」
なんとなく、隣に座る颯太を溜め息混じりにチラリと見遣る。
さっきまで元気に喋っていたのに、今はただ押し黙っていて。
「……」
ああ、そっか…。
私のこのどんよりとした気持ちを察してくれたのだと、柄にもなくおとなしく佇むその姿に悟った気がした。
「ごめんね、柚月ちゃん、迷惑かけて…」
「…あ、いえ…」
「事務所の工事が済んだらすぐに出て行くから…ほんとごめんね」
「……、」
この人も、こんな顔するんだ…。
昼間の押し気味な相貌は微塵もなくて。
健気に謝るその姿がまるで孤独な捨て犬みたいに見えて、ちょっとだけ、胸に切ない痛みを落とした。
「……、別に…、すぐに出て行かなくてもいいですよ」
「…え?」
「焦らなくても、いいかな…と」
口をついて出た言葉は、本音だと思う。
不遇な目に遭っている人に対して、これ以上のあからさまな拒否反応をする自分が、なんだか意地悪く思えて。
こんな自分、きっとよくないから。
「工事が終わっても、必要なものを買い揃えたり、引っ越しなんかも大変だと思うので…、慌てる必要はないです」
「…優しいね、ありがとう」
「別に、困ってる人に無理をさせたくないだけです」
「それが優しさだと思うんだけど…」
「私じゃなくても、他の人でも同じことを言いますよ」
「仮にそうだとしても、やっぱり柚月ちゃんは優しいよ」
「…、優しくないです」
「僕、人を見る目には自信があるんだけどな」
「私に限っては、ハズレです」
「ハズレだとは思えないけど」
「なん、で…」
取りこぼすことなく切り返してくる城崎さんはどこか余裕で、それがまた癪に障った。
つい、可哀想だなんて思ってしまったのがいけなかった。
余計な同情をしたから、どうでもいいやり取りを重ねてしまっている。
意地を張る私もなかなかの頑固者だとは思うけど。
「……」
……だめだ、ちょっと落ち着こう。
一旦声を区切り、小さな溜め息でやり過ごした。
→
「ん…、分かった」
父の言葉に頷きつつも、それ以上は閉口して視線を落としてしまう。
大人としての態様は一応できてる。
頭の中ではきちんと理解しているつもりだ。
でも、本音を言えば、その心中は穏やかというわけではなく、むしろモヤモヤ感が泉のように湧き出ていた。
「…さて。部屋に戻って、読書の続きでもするかな」
城崎さんの同居について、私や母の同意を得たことに安堵したのだろう。
おもむろにソファーから立ち上がった父は、笑顔を湛えたまま自室へと姿を消してしまった。
「……」
「……」
「……」
リビングに残された私たち三人は、なんとなく無言のまま。
城崎さんと、
うちに寄った颯太と、
そして、私と。
それぞれに沈黙の裏で巡らせている事柄は共通していても、弾き出される考えはおそらく異なるだろう。
「……」
つまり、城崎さんの我が家での生活について、だ。
工事は最低でも3ヶ月かかるらしいが、父が言う<しばらくの間>というのは、無期限を意味する。
承諾したとはいえ、私にとってそれはとても気が重いものだった。
「…、」
なんとなく、隣に座る颯太を溜め息混じりにチラリと見遣る。
さっきまで元気に喋っていたのに、今はただ押し黙っていて。
「……」
ああ、そっか…。
私のこのどんよりとした気持ちを察してくれたのだと、柄にもなくおとなしく佇むその姿に悟った気がした。
「ごめんね、柚月ちゃん、迷惑かけて…」
「…あ、いえ…」
「事務所の工事が済んだらすぐに出て行くから…ほんとごめんね」
「……、」
この人も、こんな顔するんだ…。
昼間の押し気味な相貌は微塵もなくて。
健気に謝るその姿がまるで孤独な捨て犬みたいに見えて、ちょっとだけ、胸に切ない痛みを落とした。
「……、別に…、すぐに出て行かなくてもいいですよ」
「…え?」
「焦らなくても、いいかな…と」
口をついて出た言葉は、本音だと思う。
不遇な目に遭っている人に対して、これ以上のあからさまな拒否反応をする自分が、なんだか意地悪く思えて。
こんな自分、きっとよくないから。
「工事が終わっても、必要なものを買い揃えたり、引っ越しなんかも大変だと思うので…、慌てる必要はないです」
「…優しいね、ありがとう」
「別に、困ってる人に無理をさせたくないだけです」
「それが優しさだと思うんだけど…」
「私じゃなくても、他の人でも同じことを言いますよ」
「仮にそうだとしても、やっぱり柚月ちゃんは優しいよ」
「…、優しくないです」
「僕、人を見る目には自信があるんだけどな」
「私に限っては、ハズレです」
「ハズレだとは思えないけど」
「なん、で…」
取りこぼすことなく切り返してくる城崎さんはどこか余裕で、それがまた癪に障った。
つい、可哀想だなんて思ってしまったのがいけなかった。
余計な同情をしたから、どうでもいいやり取りを重ねてしまっている。
意地を張る私もなかなかの頑固者だとは思うけど。
「……」
……だめだ、ちょっと落ち着こう。
一旦声を区切り、小さな溜め息でやり過ごした。
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