きっと、朝はまた来る　・１

もう二度と、その小さな心臓が鼓動を打つことはなかった。

まだ7歳だった幼い少女は、下校中に突然突っ込んできた車に跳ね飛ばされ、私が勤務する救命センターに搬送されてきた。


助けなければ。

いつもと同じように帰宅し、変わらない日常を過ごすはずの少女とその家族の人生を、180度変えてしまう…。


その強い信念のもと、私が執刀した緊急手術はひとまず成功した。

けれど、しばらくして少女の容態が急変し、心肺停止状態に陥った。

助けたかった。
どんなことをしても、助けたいと思った。

除細動器を使っても反応がない心臓。

皆が諦めかけていても、少女の小さな胸に手を押し当て生きる望みを託し、一心不乱に心臓マッサージを行った。

決死の心肺蘇生の最中、額から迸る私の汗が少女の病衣を濡らしても、手を止めるつもりはなかった。


もう一度、元気な笑顔を見せてくれるなら。

いっそ、この腕が動かなくなってしまってもいい…、本気でそう思った。


「やめろ、藤沢、これ以上は無理だ」
「…っ、」

先輩医師の悲痛な想いを含んだ低音にも、私は諦めようとしなかった。

…だけど。

「もういい、藤沢っ…、もう十分だ」
「———っ、」

羽交い締めに少女の元から引き離された時……すべてが終わった。


少女の両親は、涙でくしゃくしゃになりながらも笑顔を向けてくれた。

「ここまで頑張てくれて…、本当に、ありがとうございました…っ、」
「……」

…なんで、『ありがとう』なんだ？
誰よりも辛いのはあなたたちなのに…。

なんで、無理に笑うんだ？
助けてあげられなかったのに。

「……ッ」

駆け巡る想いが喉奥に閊えているのに何も声にすることができず、ただ自分の非力さが憎らしくて、
無言のまま深々と頭を下げることしかできなかった。


少女のことを愛するすべての人に、もう一度、少女の笑顔を見せてあげたかった。


「今までに、患者の死に立ち会わなかったこと自体が奇跡みたいなもんだ…。おまえはよくやったよ、藤沢」
「……久動さんにとっての奇跡って、それだけなんですか…？」
「…え？」
「……」

先輩医師が掛けてくれた励ましの言葉にも、私は頷かない。


…＜奇跡＞？


患者の死に立ち会ったことがないということが救命医にとっての奇跡なら、
患者にとっての奇跡は、確かな存命であるはずで。

その奇跡を起こせない自分は、何で医者なんかやっている…？


…今日は、朝からずっと雨が降っていて。


苦しくて、どうしようもなくて、自分を追い込むように責めながら。


初めて経験する＜恐怖＞を乗り越えなければならない、そんな日の出来事…。



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