赤い糸 ・9
文字数 1,969文字
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「皆さま、本日は、ご鑑賞いただきありがとうございました」
「…、」
園児たちの見事な演技と成長を感じさせた姿に拍手が鳴りやまない中、
物語の進行役を務めていた担任の先生が舞台袖からマイクを手に現れたことで、改めて舞台に視線を投じる。
「さて。この物語には、ちょっとした続きがこざいます。先ほど、無事に魔女から取り戻した【心のかけら】が詰まっている宝箱ですが、実はこの宝箱の中には、妖精や勇者たちからのプレゼントが入っています」
ステージから観客席に向けて手を振る園児たちはそれぞれに、両親や祖父母に笑顔と視線を注いでいて、
「——!」
そんな中で、ゆなちゃんは大きく手を振りながら向日葵のような明るい笑顔を真っ直ぐに、
私に向けていた。
「…、」
思わず笑顔で手を振り返した所作に重なるように、担任の先生の溌溂とした声が再び会場内に響き渡る。
「妖精と勇者たちから、今年、彼らがとても感謝した人たちに贈ります! 名前を呼ばれた方は、舞台の上までどうぞ!」
促され、順番に舞台に上がった人たちは、彼らの子どもだったり孫だったり、様々な絆で結ばれている存在なのだろう。
園児たちは、感謝の気持ちを込めて書いたという手紙を元気いっぱいに読み上げ、手作りのプレゼントを彼らに手渡していた。
「きっと、ゆなちゃんは、キミに感謝の想いを伝えるために、ここに招待してくれたんだね」
「…え、」
不意に届いた城崎さんの言葉に動揺を露わにして、謙遜しながら首を振る。
「私じゃないでしょう、お母さんやお父さんの名前を呼びますよ…」
「違うでしょ。それなら、わざわざ病院まできて招待状を届けに来る必要なんてない」
「…、確かに、そうかもしれないですが…、」
「でしょ?」
「…——ど、どうしよう、もしかして、やっぱり、私なんですかね…?」
「うん、きっとそう」
「…、」
「あは、緊張してる?」
「しますよっ…、」
目を見開くようにして畳み掛けたそのとき、
「藤沢柚月せんせー!」
会場に響くゆなちゃんの元気な呼声に、ビクリと跳ね上がったように腰を浮かせた。
(ど、どうしよう…、やっぱり呼ばれちゃった…)
私なんかでいいのだろうかと手に滲む汗を握りしめつつ、押し寄せる緊張で顔も引き攣ってしまう。
「ほら、頑張って行っておいで」
「ほんとにいいんですかね、私なんかで…、」
「何言ってるの、キミじゃないとダメなの。ゆなちゃんの想い、しっかり受け止めてあげなきゃ」
「…、」
「大丈夫だよ、頑張って」
「……」
さりげなく私の頬をサラッと撫でた城崎さんの手の温もりに背中を押されて、心を決めた私は静かに頷いた。
それでも、今にも引き返したいような恐縮した気持ちは消し去れないまま、
加速する鼓動を落ち着かせようと、小さく呼吸を整えながらステージに上がる。
(論文の発表よりも緊張するよ…)
こっそり思いながらゆなちゃんの前まで歩み寄ると、
私を見上げて微笑む彼女はスポットライトの光のせいだけでなく、とても利発で輝いて見えた。
「柚月先生、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
「今から、先生へのお手紙を読むね」
「…うん」
「 "藤沢柚月 先生へ" 」
「……」
「 "柚月先生は、わたしの命の恩人です" 」
「…、」
「 "車で事故をしたとき、柚月先生がわたしの担当の先生じゃなかったら、今日みたいに、みんなと発表会に出ることができなかったと思います。『柚月先生が、ゆなの命を最後まで諦めずに助けようと、一生懸命頑張ってくれたんだよ 』…と、わたしが目を覚ましたとき、お父さんとお母さんが教えてくれました" 」
「……、」
「 "柚月先生、本当にありがとう! わたしは、大きくなったら、柚月先生みたいな立派なお医者さんになりたいです!" 」
「…っ、」
会場内は、割れんばかりの拍手喝采で。
突然魔法をかけられたような、茫然とした気持ちのまま…けれど、とても胸が熱くて。
「柚月先生、これ、お手紙と…、あと、これは、わたしが作ったプレゼントだよ!」
「…、ありがとう…!」
ライトピンクのセロファンで包んである小箱を受け取り、大切に胸に抱 いた。
感激で胸がいっぱいになるということは、人生の中でそう頻繁に体験できることではない。
どうしようもなく熱い想いが胸間に溢れて、視界が急速に歪み始める。
(…ああ、ダメだ、泣いちゃう…)
喉奥がツンと痛むのを感じながらゆなちゃんに向けて満面の笑顔を返せば、同時に目尻から一筋の涙が零れ落ちて、
もう一度、今度はわずかばかり涙声に染まる声を絞り出す。
「本当にありがとう、ゆなちゃん…」
幼い少女の感謝と抱く目標が、心の根っこの部分に優しく響いて。
医師としての私を強く肯定してくれた<小さな妖精>に、心からのありがとうを告げた。
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「皆さま、本日は、ご鑑賞いただきありがとうございました」
「…、」
園児たちの見事な演技と成長を感じさせた姿に拍手が鳴りやまない中、
物語の進行役を務めていた担任の先生が舞台袖からマイクを手に現れたことで、改めて舞台に視線を投じる。
「さて。この物語には、ちょっとした続きがこざいます。先ほど、無事に魔女から取り戻した【心のかけら】が詰まっている宝箱ですが、実はこの宝箱の中には、妖精や勇者たちからのプレゼントが入っています」
ステージから観客席に向けて手を振る園児たちはそれぞれに、両親や祖父母に笑顔と視線を注いでいて、
「——!」
そんな中で、ゆなちゃんは大きく手を振りながら向日葵のような明るい笑顔を真っ直ぐに、
私に向けていた。
「…、」
思わず笑顔で手を振り返した所作に重なるように、担任の先生の溌溂とした声が再び会場内に響き渡る。
「妖精と勇者たちから、今年、彼らがとても感謝した人たちに贈ります! 名前を呼ばれた方は、舞台の上までどうぞ!」
促され、順番に舞台に上がった人たちは、彼らの子どもだったり孫だったり、様々な絆で結ばれている存在なのだろう。
園児たちは、感謝の気持ちを込めて書いたという手紙を元気いっぱいに読み上げ、手作りのプレゼントを彼らに手渡していた。
「きっと、ゆなちゃんは、キミに感謝の想いを伝えるために、ここに招待してくれたんだね」
「…え、」
不意に届いた城崎さんの言葉に動揺を露わにして、謙遜しながら首を振る。
「私じゃないでしょう、お母さんやお父さんの名前を呼びますよ…」
「違うでしょ。それなら、わざわざ病院まできて招待状を届けに来る必要なんてない」
「…、確かに、そうかもしれないですが…、」
「でしょ?」
「…——ど、どうしよう、もしかして、やっぱり、私なんですかね…?」
「うん、きっとそう」
「…、」
「あは、緊張してる?」
「しますよっ…、」
目を見開くようにして畳み掛けたそのとき、
「藤沢柚月せんせー!」
会場に響くゆなちゃんの元気な呼声に、ビクリと跳ね上がったように腰を浮かせた。
(ど、どうしよう…、やっぱり呼ばれちゃった…)
私なんかでいいのだろうかと手に滲む汗を握りしめつつ、押し寄せる緊張で顔も引き攣ってしまう。
「ほら、頑張って行っておいで」
「ほんとにいいんですかね、私なんかで…、」
「何言ってるの、キミじゃないとダメなの。ゆなちゃんの想い、しっかり受け止めてあげなきゃ」
「…、」
「大丈夫だよ、頑張って」
「……」
さりげなく私の頬をサラッと撫でた城崎さんの手の温もりに背中を押されて、心を決めた私は静かに頷いた。
それでも、今にも引き返したいような恐縮した気持ちは消し去れないまま、
加速する鼓動を落ち着かせようと、小さく呼吸を整えながらステージに上がる。
(論文の発表よりも緊張するよ…)
こっそり思いながらゆなちゃんの前まで歩み寄ると、
私を見上げて微笑む彼女はスポットライトの光のせいだけでなく、とても利発で輝いて見えた。
「柚月先生、今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ、招待してくれてありがとう」
「今から、先生へのお手紙を読むね」
「…うん」
「 "藤沢柚月 先生へ" 」
「……」
「 "柚月先生は、わたしの命の恩人です" 」
「…、」
「 "車で事故をしたとき、柚月先生がわたしの担当の先生じゃなかったら、今日みたいに、みんなと発表会に出ることができなかったと思います。『柚月先生が、ゆなの命を最後まで諦めずに助けようと、一生懸命頑張ってくれたんだよ 』…と、わたしが目を覚ましたとき、お父さんとお母さんが教えてくれました" 」
「……、」
「 "柚月先生、本当にありがとう! わたしは、大きくなったら、柚月先生みたいな立派なお医者さんになりたいです!" 」
「…っ、」
会場内は、割れんばかりの拍手喝采で。
突然魔法をかけられたような、茫然とした気持ちのまま…けれど、とても胸が熱くて。
「柚月先生、これ、お手紙と…、あと、これは、わたしが作ったプレゼントだよ!」
「…、ありがとう…!」
ライトピンクのセロファンで包んである小箱を受け取り、大切に胸に
感激で胸がいっぱいになるということは、人生の中でそう頻繁に体験できることではない。
どうしようもなく熱い想いが胸間に溢れて、視界が急速に歪み始める。
(…ああ、ダメだ、泣いちゃう…)
喉奥がツンと痛むのを感じながらゆなちゃんに向けて満面の笑顔を返せば、同時に目尻から一筋の涙が零れ落ちて、
もう一度、今度はわずかばかり涙声に染まる声を絞り出す。
「本当にありがとう、ゆなちゃん…」
幼い少女の感謝と抱く目標が、心の根っこの部分に優しく響いて。
医師としての私を強く肯定してくれた<小さな妖精>に、心からのありがとうを告げた。
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