きっと、朝はまた来る ・4
文字数 1,431文字
「助け…られなかった…っ、絶対に、助けたかったのに…、」
「……」
「まだ7歳の…小さな体で…、背だって、これからももっと伸びただろうし…、友達とだって、いっぱい遊びたかったはずなのに…、っ…、」
「……」
「たくさん…、あの子には未来があったのにっ…、それなのに、私…っ、助けてあげられなかった…」
「……」
「なんで非力な自分が医者なんかやってるのか…、私なんかがこれからも医者でいいのか…、もう、考えてると辛くて…っ」
涙を拭う手も震えて止まらない。
初めて経験する想いをありのまま紡ぎ出せば、少しでも何かが変わるのだろうか…。
それすらも見い出せない迷路のように入り組んだ思考の中で、震える唇はひとりでに言葉を並べてゆく。
「救命医なんかやってれば、こういった悲しくて辛いことを避けることなんかできないってことも、頭の中では理解しているつもりです…。でも…、どうやって乗り越えたらいいのか、もう、分からなくて…」
「…柚月…」
颯太の手が優しく私の頭を撫でる。
繊細なその動きからは、内心で憂いてくれている彼の心が十分に伝わるようだった。
「…っ、……」
与えられた暖かさに胸が熱く、涙を止めることができずにいながらも、
心に渦巻いていた大きな鉛のようなものを吐露できたことに、ほうっと小さく息を吐き出したとき。
「…やっと、ちゃんと言えた」
「っ…、?」
ふわりと、さっきとはまるで違う、とても柔らかな声。
引き込まれるように声色を辿った先には、深い優しさを滲ませた城崎さんが切なげに微笑んでいた。
「せっかくここを頼って来たのに…颯太にそのことを話さずにいたでしょ?」
「…え…、」
「そのままずっと何も言わずに心に留めていたら、柚月ちゃん、おかしくなっちゃうよ?」
戸惑う私の前に静かに歩み寄った城崎さんは、颯太の横に並ぶようにして膝を折ると小首を傾げる。
「バカな子のこと、ちゃんと見に来て良かった…、絶対に一人で苦しんでると思ったから」
「…!」
「電話で颯太から大まかなことを聞いて、きっと病院で何かあったんだなって、すぐに思ったよ」
「——」
「大変だったと思う…、よく頑張ったね、柚月ちゃん」
「…っ——」
降り注ぐ言葉が、今度は私を優しく包み込む。
ますます溢れる涙と咽び泣く自分を隠すように、三角座りの膝上に顔を埋 めた。
「僕ね、思うんだ。お医者さんって、みんなの命を最大限に引き伸ばしてくれるのが仕事なんだろうけど、その人に与えられた命数だけは、どうにもできないんだって。やっぱり、神様だけだよね…それができるのは」
「…、」
「すごく助けたかったっていう気持ち、分かるよ。柚月ちゃんだもん、きっと人一倍そう思ったよね? そんな柚月ちゃんだから、できる限りのことをしてあげたと思う」
「……、」
「柚月ちゃんが担当してくれたから…、その子の命を一生懸命救おうと頑張ってくれたから、家族の人たちはキミのその姿を見て、辛くても子どもの死を受け入れることができたんじゃないかな…。柚月ちゃんの医師としての姿に、前を向く力をもらえたんじゃないかなって、僕は思うよ」
「……」
「柚月ちゃんが担当してくれて良かったって、僕がその人たちなら、絶対にそう思う」
城崎さんの耳心地な低音はどこまでも優しくて、萎縮し凍えていた私の心を徐々に解かしてゆく。
「———」
…いつの間にか。
膝を抱えて泣きじゃくっていた私は、踏み迷う路程からようやく抜け出し落ち着きを取り戻した迷子のように、
嗚咽を小さな寝息に変えて、深い眠りに落ちていた。
→
「……」
「まだ7歳の…小さな体で…、背だって、これからももっと伸びただろうし…、友達とだって、いっぱい遊びたかったはずなのに…、っ…、」
「……」
「たくさん…、あの子には未来があったのにっ…、それなのに、私…っ、助けてあげられなかった…」
「……」
「なんで非力な自分が医者なんかやってるのか…、私なんかがこれからも医者でいいのか…、もう、考えてると辛くて…っ」
涙を拭う手も震えて止まらない。
初めて経験する想いをありのまま紡ぎ出せば、少しでも何かが変わるのだろうか…。
それすらも見い出せない迷路のように入り組んだ思考の中で、震える唇はひとりでに言葉を並べてゆく。
「救命医なんかやってれば、こういった悲しくて辛いことを避けることなんかできないってことも、頭の中では理解しているつもりです…。でも…、どうやって乗り越えたらいいのか、もう、分からなくて…」
「…柚月…」
颯太の手が優しく私の頭を撫でる。
繊細なその動きからは、内心で憂いてくれている彼の心が十分に伝わるようだった。
「…っ、……」
与えられた暖かさに胸が熱く、涙を止めることができずにいながらも、
心に渦巻いていた大きな鉛のようなものを吐露できたことに、ほうっと小さく息を吐き出したとき。
「…やっと、ちゃんと言えた」
「っ…、?」
ふわりと、さっきとはまるで違う、とても柔らかな声。
引き込まれるように声色を辿った先には、深い優しさを滲ませた城崎さんが切なげに微笑んでいた。
「せっかくここを頼って来たのに…颯太にそのことを話さずにいたでしょ?」
「…え…、」
「そのままずっと何も言わずに心に留めていたら、柚月ちゃん、おかしくなっちゃうよ?」
戸惑う私の前に静かに歩み寄った城崎さんは、颯太の横に並ぶようにして膝を折ると小首を傾げる。
「バカな子のこと、ちゃんと見に来て良かった…、絶対に一人で苦しんでると思ったから」
「…!」
「電話で颯太から大まかなことを聞いて、きっと病院で何かあったんだなって、すぐに思ったよ」
「——」
「大変だったと思う…、よく頑張ったね、柚月ちゃん」
「…っ——」
降り注ぐ言葉が、今度は私を優しく包み込む。
ますます溢れる涙と咽び泣く自分を隠すように、三角座りの膝上に顔を
「僕ね、思うんだ。お医者さんって、みんなの命を最大限に引き伸ばしてくれるのが仕事なんだろうけど、その人に与えられた命数だけは、どうにもできないんだって。やっぱり、神様だけだよね…それができるのは」
「…、」
「すごく助けたかったっていう気持ち、分かるよ。柚月ちゃんだもん、きっと人一倍そう思ったよね? そんな柚月ちゃんだから、できる限りのことをしてあげたと思う」
「……、」
「柚月ちゃんが担当してくれたから…、その子の命を一生懸命救おうと頑張ってくれたから、家族の人たちはキミのその姿を見て、辛くても子どもの死を受け入れることができたんじゃないかな…。柚月ちゃんの医師としての姿に、前を向く力をもらえたんじゃないかなって、僕は思うよ」
「……」
「柚月ちゃんが担当してくれて良かったって、僕がその人たちなら、絶対にそう思う」
城崎さんの耳心地な低音はどこまでも優しくて、萎縮し凍えていた私の心を徐々に解かしてゆく。
「———」
…いつの間にか。
膝を抱えて泣きじゃくっていた私は、踏み迷う路程からようやく抜け出し落ち着きを取り戻した迷子のように、
嗚咽を小さな寝息に変えて、深い眠りに落ちていた。
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