意地っ張りな夜 ・2
文字数 1,309文字
「…あれ? 柚月ちゃん、まだ起きてたんだ」
「…、おかえりなさい」
「ただいま」
首元のマフラーをほどきながら、口から吐き出された城崎さんの息はまだ白い。
(風邪、引かなきゃいいけど…)
外の寒さを推し量りながら、暖炉の炎をこっそり一瞥した。
「大丈夫だよ、そんなに寒くないから」
「えっ、」
「暖炉の火、ちょうどいいよ」
「……」
相変わらず鋭い…。
探偵ゆえなのか、観察眼というか勘というか、それらが抜かりなくてほんと手強い。
「こういうのっていいね」
「…え?」
「ここに居候させてもらうまでは、いつも真っ暗な部屋に帰ってたから」
「……」
「柚月ちゃんのおうちって、僕の帰りがどんなに遅くても、ずっと電気をつけたままでいてくれるでしょ?」
「…、」
「それがとても嬉しかったんだけど、今日はそこに柚月ちゃんがいてくれたから、なお嬉しいよ」
「……、なんだかいつもより、さらに饒舌ですね」
一息の間の後、皮肉めいて言ったつもりだったけど、城崎さんは気にも留めていない様子でニコニコと続ける。
「だって、嬉しいし。仕事もうまく片付いたからかな」
「…そうですか」
「うん」
「仕事の方はお疲れさまでした。…そういえば、」
——『もう晩御飯食べました?』
と、サラリと話題を変えて立ち上がる。
「晩御飯?」
「はい、食べました?」
「ううん、まだ食べてない…、食べる暇がなかったから」
「……あの、今日、すき焼きしたんですけど、」
「へえ、いいなあ」
「それで…、一応、城崎さんの分を取り分けてあるんですけど…食べます?」
「ほんとに? 食べる!」
「鉄鍋じゃなくて、一人前用の土鍋に取り分けてあるんですけど、味はちゃんとすき焼きですから」
「いいよ、そんなの気にしないから。…きっと、柚月ちゃんが取り分けてくれたんでしょ?」
「…まあ、そうですけど…」
「なら、どんなものでもおいしい」
「……」
無垢という形容がぴったりの明るい笑顔がやけに眩しく見えて、城崎さんの言葉を敢えて受け流すようにしてキッチンへ向かった。
「……」
取り分けておいた土鍋をちらりと見遣ってほんの少し逡巡した後、ガスレンジのスイッチを入れる。
「温めるので、座って待っててください」
「え、いいの? そこまでしてもらっても」
「…、」
確かにそこまでする必要はないか…。
疲れているだろうからと、余計な情けをかけるとややこしくなる。
特にこの人は、調子に乗りそうなのが目に見えているから。
「やっぱり、自分でやってもらえます?」
ガスレンジから少し後方に下がって土鍋を指差した……が。
「イヤ」
「えっ!? 『嫌』って…、」
「柚月ちゃんに温めてもらいたいな。…甘えてもいい?」
「え、あの…、」
まさか嫌だとはっきり切り返されるとは思ってもみなくて、つい分かりやすく狼狽えてしまった。
「お願い、柚月ちゃん」
小首を傾げるようにして縋る城崎さんは、女子である私なんかよりもずっと甘え上手だと思う。
母性だったり父性だったりをくすぐるというか、こんな私でさえ、いろんなことを許容しそうになる。
「………仕方ないな、やりますよ」
「やったっ」
キラキラとまるで子どものように破顔する城崎さんとは真逆にやれやれと息を吐き出した私は、土鍋にそっと視線を落とした。
→
「…、おかえりなさい」
「ただいま」
首元のマフラーをほどきながら、口から吐き出された城崎さんの息はまだ白い。
(風邪、引かなきゃいいけど…)
外の寒さを推し量りながら、暖炉の炎をこっそり一瞥した。
「大丈夫だよ、そんなに寒くないから」
「えっ、」
「暖炉の火、ちょうどいいよ」
「……」
相変わらず鋭い…。
探偵ゆえなのか、観察眼というか勘というか、それらが抜かりなくてほんと手強い。
「こういうのっていいね」
「…え?」
「ここに居候させてもらうまでは、いつも真っ暗な部屋に帰ってたから」
「……」
「柚月ちゃんのおうちって、僕の帰りがどんなに遅くても、ずっと電気をつけたままでいてくれるでしょ?」
「…、」
「それがとても嬉しかったんだけど、今日はそこに柚月ちゃんがいてくれたから、なお嬉しいよ」
「……、なんだかいつもより、さらに饒舌ですね」
一息の間の後、皮肉めいて言ったつもりだったけど、城崎さんは気にも留めていない様子でニコニコと続ける。
「だって、嬉しいし。仕事もうまく片付いたからかな」
「…そうですか」
「うん」
「仕事の方はお疲れさまでした。…そういえば、」
——『もう晩御飯食べました?』
と、サラリと話題を変えて立ち上がる。
「晩御飯?」
「はい、食べました?」
「ううん、まだ食べてない…、食べる暇がなかったから」
「……あの、今日、すき焼きしたんですけど、」
「へえ、いいなあ」
「それで…、一応、城崎さんの分を取り分けてあるんですけど…食べます?」
「ほんとに? 食べる!」
「鉄鍋じゃなくて、一人前用の土鍋に取り分けてあるんですけど、味はちゃんとすき焼きですから」
「いいよ、そんなの気にしないから。…きっと、柚月ちゃんが取り分けてくれたんでしょ?」
「…まあ、そうですけど…」
「なら、どんなものでもおいしい」
「……」
無垢という形容がぴったりの明るい笑顔がやけに眩しく見えて、城崎さんの言葉を敢えて受け流すようにしてキッチンへ向かった。
「……」
取り分けておいた土鍋をちらりと見遣ってほんの少し逡巡した後、ガスレンジのスイッチを入れる。
「温めるので、座って待っててください」
「え、いいの? そこまでしてもらっても」
「…、」
確かにそこまでする必要はないか…。
疲れているだろうからと、余計な情けをかけるとややこしくなる。
特にこの人は、調子に乗りそうなのが目に見えているから。
「やっぱり、自分でやってもらえます?」
ガスレンジから少し後方に下がって土鍋を指差した……が。
「イヤ」
「えっ!? 『嫌』って…、」
「柚月ちゃんに温めてもらいたいな。…甘えてもいい?」
「え、あの…、」
まさか嫌だとはっきり切り返されるとは思ってもみなくて、つい分かりやすく狼狽えてしまった。
「お願い、柚月ちゃん」
小首を傾げるようにして縋る城崎さんは、女子である私なんかよりもずっと甘え上手だと思う。
母性だったり父性だったりをくすぐるというか、こんな私でさえ、いろんなことを許容しそうになる。
「………仕方ないな、やりますよ」
「やったっ」
キラキラとまるで子どものように破顔する城崎さんとは真逆にやれやれと息を吐き出した私は、土鍋にそっと視線を落とした。
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