赤い糸 ・5 …城崎ver.<1>
文字数 1,625文字
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(…終わるまで、ずっと待ってるに決まってるじゃない)
柚月ちゃんが残した微笑を思い返しながら、壁際に設置されたロビーチェアに歩み寄る。
(それにしても珍しいな…、あんなに素直な笑顔を見せてくれるなんて)
今日の彼女の反応がいちいち可愛すぎて、思わず頬が緩んでしまう。
【恋人】って他人に指摘されてすぐ否定的な言葉が出なかったのは、彼女としてはかなりな進歩。
言い淀んだりするのは、仕方ないとして。
(…ちょっと、嬉しすぎるでしょ)
恋人までの道のりはまだ長いのに、
まるで成就したみたいに舞い上がって、胸の中がほのかな甘さで満たされる。
そんな感じで、ふわふわとした感覚を密かに楽しんでいたのに。
「…城崎じゃないか?」
「…、」
背後に届いた声音は、聞き覚えのあるもので。
この病院内で僕のことを知る人物は柚月ちゃんと、声の主であるその人しかいない。
(ああ、さすがに見つかっちゃった)
内心でちょっぴりむくれながら声の方に向き直る。
「久しぶりだね、久動 さん」
再会したところでさほど嬉しいとも思わない相手の登場を少し億劫に感じながらも、社交辞令の笑顔を滲ませた。
別に、嫌いな人ってわけでもない。
悪い人でもなく、むしろいい人だ。
でも、彼のことを<好き>か<嫌い>かの二択で選択しろと言われたら、
迷わずに<嫌い>と答える。
正確とか色々、僕とは正反対のこの人はいい意味で堅すぎて、おまけに何かと出来すぎていて、
関わるとなんだかいつも疲れるから。
「やっぱり城崎か。おまえがアメリカの大学に行くとき以来だから…、結構経つよな?」
「そうだね。久動さんも元気そうじゃない」
「…あまり驚かないな?」
「ここで久動さんと僕が再会したこと?」
「ああ」
「だって僕、結構前から久動さんがここでお医者さんやってること知ってたし」
「そうなのか? いつから知ってたんだ?」
「一年くらい前、ここに仕事で通う必要があって、そのときに見かけたんだよ」
「『仕事で』? 仕事って、今なにやってるんだ?」
「…、」
「そういえば、噂でアメリカの大学を辞めたらしいって聞いたが…、実際のところどうなんだ?」
「……」
(やっぱりそこ、聞いてくるか…)
もともと良い意味でお節介なこの人は、日本での大学時代の先輩として純粋に僕のことを心配してくれているのはよく分かる。
でもそれが、それこそが、僕にとっては鬱陶しいと思えてしまう。
(仕事ってワード、出さなきゃよかった)
「自分に関係のないことなのに噂を広める人って、ほんと暇だよね」
「…確かにそうだな。何年かぶりにおまえの顔を見て、ふと気になっただけだから…気を悪くしたなら、すまない」
「……ふーん」
「とにかく、おまえが元気にやってるならそれでいいんだが」
僕のことを案じる懸念を色濃く表した精悍な瞳は、本当に昔と変わらない。
「わざわざ気に掛けてくれてありがと」
(相変わらず、お節介で心配性だな…)
たとえ相手が僕じゃなくても、行き惑う人のことを気に掛けて丸ごと背負おうとするのは、この人の専売特許だ。
見た目、無骨で不愛想なのに。
中身は全然違って、つまりはお人好しというか、ほんと、自分のことなんかいつも二の次で。
(…そんなだから、軽々しく話せない)
一息の間の後、僕は緩く微笑んで久動さんを見つめ返した。
「そういえば、久動さん、法医学に興味がありそうだったから、そっちの分野に行くと思ってたけど…、ちゃんとしたお医者さんやってるんだもん、見たとき少しびっくりしたよ」
するりと交わすように反問すれば、どこか無垢なこの人は、きっと話題の矛先を変える。
「…ん? ああ、まあな。見かけたって言ってたが、声を掛けてくれれば良かったのに」
…ほらね。
「あは、鬼の形相で、ストレッチャーに乗った患者さんの心臓マッサージをやってた久動さんに? 無理でしょ、そんなときに無神経に声なんか掛けたら、僕が久動さんに抹殺されるよ」
わずかばかり揶揄するように肩を揺らして笑えば、久動さんも釣られたように苦笑を浮かべた。
→
(…終わるまで、ずっと待ってるに決まってるじゃない)
柚月ちゃんが残した微笑を思い返しながら、壁際に設置されたロビーチェアに歩み寄る。
(それにしても珍しいな…、あんなに素直な笑顔を見せてくれるなんて)
今日の彼女の反応がいちいち可愛すぎて、思わず頬が緩んでしまう。
【恋人】って他人に指摘されてすぐ否定的な言葉が出なかったのは、彼女としてはかなりな進歩。
言い淀んだりするのは、仕方ないとして。
(…ちょっと、嬉しすぎるでしょ)
恋人までの道のりはまだ長いのに、
まるで成就したみたいに舞い上がって、胸の中がほのかな甘さで満たされる。
そんな感じで、ふわふわとした感覚を密かに楽しんでいたのに。
「…城崎じゃないか?」
「…、」
背後に届いた声音は、聞き覚えのあるもので。
この病院内で僕のことを知る人物は柚月ちゃんと、声の主であるその人しかいない。
(ああ、さすがに見つかっちゃった)
内心でちょっぴりむくれながら声の方に向き直る。
「久しぶりだね、
再会したところでさほど嬉しいとも思わない相手の登場を少し億劫に感じながらも、社交辞令の笑顔を滲ませた。
別に、嫌いな人ってわけでもない。
悪い人でもなく、むしろいい人だ。
でも、彼のことを<好き>か<嫌い>かの二択で選択しろと言われたら、
迷わずに<嫌い>と答える。
正確とか色々、僕とは正反対のこの人はいい意味で堅すぎて、おまけに何かと出来すぎていて、
関わるとなんだかいつも疲れるから。
「やっぱり城崎か。おまえがアメリカの大学に行くとき以来だから…、結構経つよな?」
「そうだね。久動さんも元気そうじゃない」
「…あまり驚かないな?」
「ここで久動さんと僕が再会したこと?」
「ああ」
「だって僕、結構前から久動さんがここでお医者さんやってること知ってたし」
「そうなのか? いつから知ってたんだ?」
「一年くらい前、ここに仕事で通う必要があって、そのときに見かけたんだよ」
「『仕事で』? 仕事って、今なにやってるんだ?」
「…、」
「そういえば、噂でアメリカの大学を辞めたらしいって聞いたが…、実際のところどうなんだ?」
「……」
(やっぱりそこ、聞いてくるか…)
もともと良い意味でお節介なこの人は、日本での大学時代の先輩として純粋に僕のことを心配してくれているのはよく分かる。
でもそれが、それこそが、僕にとっては鬱陶しいと思えてしまう。
(仕事ってワード、出さなきゃよかった)
「自分に関係のないことなのに噂を広める人って、ほんと暇だよね」
「…確かにそうだな。何年かぶりにおまえの顔を見て、ふと気になっただけだから…気を悪くしたなら、すまない」
「……ふーん」
「とにかく、おまえが元気にやってるならそれでいいんだが」
僕のことを案じる懸念を色濃く表した精悍な瞳は、本当に昔と変わらない。
「わざわざ気に掛けてくれてありがと」
(相変わらず、お節介で心配性だな…)
たとえ相手が僕じゃなくても、行き惑う人のことを気に掛けて丸ごと背負おうとするのは、この人の専売特許だ。
見た目、無骨で不愛想なのに。
中身は全然違って、つまりはお人好しというか、ほんと、自分のことなんかいつも二の次で。
(…そんなだから、軽々しく話せない)
一息の間の後、僕は緩く微笑んで久動さんを見つめ返した。
「そういえば、久動さん、法医学に興味がありそうだったから、そっちの分野に行くと思ってたけど…、ちゃんとしたお医者さんやってるんだもん、見たとき少しびっくりしたよ」
するりと交わすように反問すれば、どこか無垢なこの人は、きっと話題の矛先を変える。
「…ん? ああ、まあな。見かけたって言ってたが、声を掛けてくれれば良かったのに」
…ほらね。
「あは、鬼の形相で、ストレッチャーに乗った患者さんの心臓マッサージをやってた久動さんに? 無理でしょ、そんなときに無神経に声なんか掛けたら、僕が久動さんに抹殺されるよ」
わずかばかり揶揄するように肩を揺らして笑えば、久動さんも釣られたように苦笑を浮かべた。
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