かわいい嘘 ・2
文字数 1,662文字
「今日は寒いから、暖かくしてね、柚月ちゃん」
「見送らなくていいですから、ちゃんと寝ててください」
玄関先で、ショートブーツにつま先を通しながら窘めた。
サラサラの栗色の髪が寝癖で乱れたパジャマ姿の城崎さんは、覇気も薄く、気の毒なくらいボサッとしている。
病人だからそれは仕方ないし、むしろパリッとしていたら仮病を疑う。
…それにしても、
(イケメンって、どんな格好になっても、やっぱりイケメンなんだな…)
端正な顔立ちが白いマスクで大きく隠れているのを見ると、城崎さんの顔が思っていた以上に小さいのだと気付いて、
全身のバランスから考えても、やっぱりモデル職もいけるよ…とこっそり思う。
(……いやいや、病人相手に余計な妄想はやめよう)
不謹慎な思考を蹴散らすように、内心で頭をプルプルと振った。
「…っ、コホ、コホッ…、」
「ほら、もう部屋に戻ってください」
「ん、平気…、コホッ、」
前髪の隙間から覗く切れ長の整った瞳は、熱のせいか少し潤んでいるようにも見えて。
父から借りたという半纏の袖を口元に当てて軽くせき込む様子に、いつもとは違う儚さを感じて少し胸が痛む。
「悪化したら大変ですから」
「コホッ…、っ、大丈夫だよ、見送りぐらいはできるから」
「医師命令です、早く寝なさい」
「はは、怒られちゃった」
「当たり前です」
「……ねえ、柚月ちゃん」
「なんです?」
「いつも可愛いけど…、今日はとっても綺麗だね」
「いきなり何を言ってるんですか…、どうやら熱が上がってきたみたいですね…、コレ、何本に見えます?」
照れることなく、無表情のまま城崎さんに向き直るようにして、右手を目の前にVサインをして見せた。
「…なにそれ。本当のことを言っただけなのに」
おそらく今、彼はマスクの裏でぷくっと頬を膨らませているに違いない。
あからさまに吐き出した溜め息に呟きを添えた城崎さんは、さらに拗ねた様子で口をモゴモゴさせる。
「…なんだか、妬ける」
「『妬ける』?」
「だって、柚月ちゃんが、みんなのところへ行っちゃうから」
「大袈裟ですよ、みんなのところって、ただの同窓会なのに」
小さく吹き出して下から見上げれば、
城崎さんは納得した表情をするどころか、その双眸には明らかな翳りが差し込んだのが分かった。
けれど。
「行ってらっしゃい…、気を付けてね」
結局、マスク越しに届いた声音は、いつもと変わらなくて。
「うん、行ってきます」
そんな様子にやれやれと安心しつつ、半ば振り切るようにしてドアノブに手をかけた。
(…わ、結構寒い…)
開いた玄関ドアのわずかな隙間から入り込んだ冷たい冬の風に、気になって背後を一瞥すると、
「……」
「……」
想像通りというか。
取り残された子どものように無言で立ち尽くす城崎さんの姿が視界を埋めた。
このままだと、どうにも気になって立ち去れない。
「あの…、寒いですから、早く部屋に戻ってください」
「……うん…、戻るよ」
「……、」
(これは、思っていた以上に後ろ髪を引かれる…)
このやり取り、このままだと、無限ループに陥るかもしれない。
肩を落として嘆息してから、再び城崎さんに振り向いて目の前まで歩み寄ると、
コートのポケットに手を突っ込んで、取り出した小さなメモを手渡した。
「…はい」
「え? なに、コレ…」
「私の携帯の番号です。もしも、体が辛くなったら電話してください」
「えっ…、いいの?」
「病人のことは心配するので」
「柚月ちゃん…」
三日月のように細くなった瞳は、マスクの内側で満面の笑みが刻まれていることを示しているのだろう。
「ちゃんと良い子で寝るように。でなきゃ、怒ります」
「うん、分かった、ちゃんと寝る…、ありがとう…」
「ほんとにちゃんと寝てくださいよ?」
眉間にちょっぴり縦皺を作ってぶっきら棒に言ってみたけれど、上気したような城崎さんの声色からは、嬉しさが伝わるようで。
「うん、寝る」
「…、」
(そんなに喜んでくれるなんて、ちょっと嬉しいじゃん…)
そんなことを思いながら。
こっそり用意していたメモを渡せたことに安堵した私は、城崎さんに小さく微笑みかけてから玄関を後にした。
→
「見送らなくていいですから、ちゃんと寝ててください」
玄関先で、ショートブーツにつま先を通しながら窘めた。
サラサラの栗色の髪が寝癖で乱れたパジャマ姿の城崎さんは、覇気も薄く、気の毒なくらいボサッとしている。
病人だからそれは仕方ないし、むしろパリッとしていたら仮病を疑う。
…それにしても、
(イケメンって、どんな格好になっても、やっぱりイケメンなんだな…)
端正な顔立ちが白いマスクで大きく隠れているのを見ると、城崎さんの顔が思っていた以上に小さいのだと気付いて、
全身のバランスから考えても、やっぱりモデル職もいけるよ…とこっそり思う。
(……いやいや、病人相手に余計な妄想はやめよう)
不謹慎な思考を蹴散らすように、内心で頭をプルプルと振った。
「…っ、コホ、コホッ…、」
「ほら、もう部屋に戻ってください」
「ん、平気…、コホッ、」
前髪の隙間から覗く切れ長の整った瞳は、熱のせいか少し潤んでいるようにも見えて。
父から借りたという半纏の袖を口元に当てて軽くせき込む様子に、いつもとは違う儚さを感じて少し胸が痛む。
「悪化したら大変ですから」
「コホッ…、っ、大丈夫だよ、見送りぐらいはできるから」
「医師命令です、早く寝なさい」
「はは、怒られちゃった」
「当たり前です」
「……ねえ、柚月ちゃん」
「なんです?」
「いつも可愛いけど…、今日はとっても綺麗だね」
「いきなり何を言ってるんですか…、どうやら熱が上がってきたみたいですね…、コレ、何本に見えます?」
照れることなく、無表情のまま城崎さんに向き直るようにして、右手を目の前にVサインをして見せた。
「…なにそれ。本当のことを言っただけなのに」
おそらく今、彼はマスクの裏でぷくっと頬を膨らませているに違いない。
あからさまに吐き出した溜め息に呟きを添えた城崎さんは、さらに拗ねた様子で口をモゴモゴさせる。
「…なんだか、妬ける」
「『妬ける』?」
「だって、柚月ちゃんが、みんなのところへ行っちゃうから」
「大袈裟ですよ、みんなのところって、ただの同窓会なのに」
小さく吹き出して下から見上げれば、
城崎さんは納得した表情をするどころか、その双眸には明らかな翳りが差し込んだのが分かった。
けれど。
「行ってらっしゃい…、気を付けてね」
結局、マスク越しに届いた声音は、いつもと変わらなくて。
「うん、行ってきます」
そんな様子にやれやれと安心しつつ、半ば振り切るようにしてドアノブに手をかけた。
(…わ、結構寒い…)
開いた玄関ドアのわずかな隙間から入り込んだ冷たい冬の風に、気になって背後を一瞥すると、
「……」
「……」
想像通りというか。
取り残された子どものように無言で立ち尽くす城崎さんの姿が視界を埋めた。
このままだと、どうにも気になって立ち去れない。
「あの…、寒いですから、早く部屋に戻ってください」
「……うん…、戻るよ」
「……、」
(これは、思っていた以上に後ろ髪を引かれる…)
このやり取り、このままだと、無限ループに陥るかもしれない。
肩を落として嘆息してから、再び城崎さんに振り向いて目の前まで歩み寄ると、
コートのポケットに手を突っ込んで、取り出した小さなメモを手渡した。
「…はい」
「え? なに、コレ…」
「私の携帯の番号です。もしも、体が辛くなったら電話してください」
「えっ…、いいの?」
「病人のことは心配するので」
「柚月ちゃん…」
三日月のように細くなった瞳は、マスクの内側で満面の笑みが刻まれていることを示しているのだろう。
「ちゃんと良い子で寝るように。でなきゃ、怒ります」
「うん、分かった、ちゃんと寝る…、ありがとう…」
「ほんとにちゃんと寝てくださいよ?」
眉間にちょっぴり縦皺を作ってぶっきら棒に言ってみたけれど、上気したような城崎さんの声色からは、嬉しさが伝わるようで。
「うん、寝る」
「…、」
(そんなに喜んでくれるなんて、ちょっと嬉しいじゃん…)
そんなことを思いながら。
こっそり用意していたメモを渡せたことに安堵した私は、城崎さんに小さく微笑みかけてから玄関を後にした。
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