赤い糸 ・4
文字数 1,536文字
『見抜いたわたしって、すごいでしょ!?』
…とでも言うかのように、爛々と輝く澄み切った瞳に居抜かれて一瞬声を失ったが、
「こ、恋人…っ、」
ようやくまさかの回答を反復する。
(まさか、ゆなちゃんまで<恋人>ってキーワードを出すとは…)
「うん! だって、恋人って感じだもん!」
「…そ、そんなことはないと思うけど…、」
言葉の後ろが頼りなく途切れたところに、余裕すら感じさせる声音が遠慮なく入り込む。
「さすが鋭いねー。やっぱり、純粋な子どもにはなんとなく伝わっちゃうのかなあ」
「な…、何を言ってるんですかっ、余計なこと言わないで、ちゃんと事実を伝えてくださいよっ」
「……え、柚月先生とお兄ちゃん、恋人じゃないの?」
「恋人に一番近い感じかな」
大きく動揺した私を他所に、城崎さんは平然と笑顔で言ってのける。
「訳の分からないことを言わないでくださいっ。ゆなちゃん、この人はね、ただの居候なんだよ?」
「うーん…? えっと、いそ…うろ…?」
瞬きを繰り返して疑問符を散りばめたゆなちゃんに、今まで静観していたお母さんがそっと微笑みかけた。
「<居候>っていうのは、柚月先生のおうちに、このお兄さんが一緒に住んでるっていう意味よ」
「…、」
(それはちょっと、言葉が足りないというか…、いや、間違ってはいないんだけど、誤解を生む言い回しでは…?)
改めてきちんと説明しようと口火を切ろうとした横合いから、
「そっかあ!」
ゆなちゃんが閃いたようにポンと手を叩いてお母さんを見上げた。
「一緒のおうちに住んでるってことは、柚月先生もお兄ちゃんもとても仲良しさんなんだね」
「いや、あの、それはね…、」
「ふふ、そうね」
「…っ、」
(いやいや、お母さん、『ふふ、そうね』じゃなくてっ…)
「柚月先生、このお兄ちゃんと発表会に来てほしい!」
「そっ、それはその…どうかな、なんていうか、ちょっと困るっていうか…」
「ねえ、発表会って何?」
途端にまごついてしまった私を尻目に城崎さんは腰を屈めると、ゆなちゃんに視線を合わせる。
「今度ね、わたしの幼稚園で発表会があるんだ! それでね——…」
嬉しそうに発表会の詳細を話すゆなちゃんに向けて、『そうなんだ、すごいね!』と優しく相槌を打つ城崎さんは、
某キッズ番組の歌のお兄さんみたいにとても清々しい。
その姿を横目に、やれやれと溜め息を吐き出そうとしたが、
「分かった。じゃあ、柚月先生と一緒に行くね」
城崎さんの言葉に思わずそれを堰き止めた。
「ちょっ…、ちょっと待ってください! 勝手に約束しないで——」
「発表会のためにせっかく頑張って練習してるのに、観に行ってあげないと可哀想だよ」
「そ、そうですけど、でも…、城崎さんが恋人設定っていうのは…、」
「今のところ一番適任じゃない」
「そ、それはどうかと…、」
「じゃあ、他の人と行く? 今すぐ連絡して都合付けてくれそうな人、颯太以外にいるとは思えないけど」
「…、」
図星を覆せないほど悔しいものはない。
でも。
(…仰る通りです…)
「わたしは、柚月先生とこのお兄ちゃんと二人で来てほしい! 来てくれるのすごく楽しみにしてるからっ!」
「………、…分かった」
結局、ゆなちゃんの咲き綻んだ笑顔にトドメを刺される結果に終わり、諦めたように嘆息しつつもゆなちゃんと堅い指切りを交わした。
「藤沢先生! ICUの山下さんの意識レベルが回復しました!」
「はい! 今行きます! …じゃあ、ゆなちゃん、先生お仕事に戻るね」
ゆなちゃんの頭を一撫でしてから、横に立つ城崎さんに顔を向ける。
「ごめんなさい、やっぱりもう少し時間がかかりそうなので…、用事があるなら気にしないで帰ってくださいね」
無意識のうちにそっと笑いかけて、白衣の裾を翻し、患者の待つ集中治療室へと急ぎ足で向かった。
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…とでも言うかのように、爛々と輝く澄み切った瞳に居抜かれて一瞬声を失ったが、
「こ、恋人…っ、」
ようやくまさかの回答を反復する。
(まさか、ゆなちゃんまで<恋人>ってキーワードを出すとは…)
「うん! だって、恋人って感じだもん!」
「…そ、そんなことはないと思うけど…、」
言葉の後ろが頼りなく途切れたところに、余裕すら感じさせる声音が遠慮なく入り込む。
「さすが鋭いねー。やっぱり、純粋な子どもにはなんとなく伝わっちゃうのかなあ」
「な…、何を言ってるんですかっ、余計なこと言わないで、ちゃんと事実を伝えてくださいよっ」
「……え、柚月先生とお兄ちゃん、恋人じゃないの?」
「恋人に一番近い感じかな」
大きく動揺した私を他所に、城崎さんは平然と笑顔で言ってのける。
「訳の分からないことを言わないでくださいっ。ゆなちゃん、この人はね、ただの居候なんだよ?」
「うーん…? えっと、いそ…うろ…?」
瞬きを繰り返して疑問符を散りばめたゆなちゃんに、今まで静観していたお母さんがそっと微笑みかけた。
「<居候>っていうのは、柚月先生のおうちに、このお兄さんが一緒に住んでるっていう意味よ」
「…、」
(それはちょっと、言葉が足りないというか…、いや、間違ってはいないんだけど、誤解を生む言い回しでは…?)
改めてきちんと説明しようと口火を切ろうとした横合いから、
「そっかあ!」
ゆなちゃんが閃いたようにポンと手を叩いてお母さんを見上げた。
「一緒のおうちに住んでるってことは、柚月先生もお兄ちゃんもとても仲良しさんなんだね」
「いや、あの、それはね…、」
「ふふ、そうね」
「…っ、」
(いやいや、お母さん、『ふふ、そうね』じゃなくてっ…)
「柚月先生、このお兄ちゃんと発表会に来てほしい!」
「そっ、それはその…どうかな、なんていうか、ちょっと困るっていうか…」
「ねえ、発表会って何?」
途端にまごついてしまった私を尻目に城崎さんは腰を屈めると、ゆなちゃんに視線を合わせる。
「今度ね、わたしの幼稚園で発表会があるんだ! それでね——…」
嬉しそうに発表会の詳細を話すゆなちゃんに向けて、『そうなんだ、すごいね!』と優しく相槌を打つ城崎さんは、
某キッズ番組の歌のお兄さんみたいにとても清々しい。
その姿を横目に、やれやれと溜め息を吐き出そうとしたが、
「分かった。じゃあ、柚月先生と一緒に行くね」
城崎さんの言葉に思わずそれを堰き止めた。
「ちょっ…、ちょっと待ってください! 勝手に約束しないで——」
「発表会のためにせっかく頑張って練習してるのに、観に行ってあげないと可哀想だよ」
「そ、そうですけど、でも…、城崎さんが恋人設定っていうのは…、」
「今のところ一番適任じゃない」
「そ、それはどうかと…、」
「じゃあ、他の人と行く? 今すぐ連絡して都合付けてくれそうな人、颯太以外にいるとは思えないけど」
「…、」
図星を覆せないほど悔しいものはない。
でも。
(…仰る通りです…)
「わたしは、柚月先生とこのお兄ちゃんと二人で来てほしい! 来てくれるのすごく楽しみにしてるからっ!」
「………、…分かった」
結局、ゆなちゃんの咲き綻んだ笑顔にトドメを刺される結果に終わり、諦めたように嘆息しつつもゆなちゃんと堅い指切りを交わした。
「藤沢先生! ICUの山下さんの意識レベルが回復しました!」
「はい! 今行きます! …じゃあ、ゆなちゃん、先生お仕事に戻るね」
ゆなちゃんの頭を一撫でしてから、横に立つ城崎さんに顔を向ける。
「ごめんなさい、やっぱりもう少し時間がかかりそうなので…、用事があるなら気にしないで帰ってくださいね」
無意識のうちにそっと笑いかけて、白衣の裾を翻し、患者の待つ集中治療室へと急ぎ足で向かった。
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