きっと、朝はまた来る ・3
文字数 2,381文字
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「ぶかぶかだ…」
「ははは、でも、なかなか似合ってて可愛いぜ、うん」
「…そうかな?」
メンズサイズのそれはゆったり過ぎるほどの大きさで、ほっこりとした温もりに包まれる。
颯太が貸してくれたジップパーカーの上下に着替えた私は、再び座椅子の上に腰を下ろして静かに寛いでいた。
「…あのさ、さっき、おまえの家に電話入れといたから」
濡れた髪もドライヤーで乾かし終えて、私の気持ちが落ち着いたのを見計らったかのように、颯太がおもむろに口火を切った。
「…え?」
「ちょっと飲みすぎて、今日は俺のところに泊まるから、帰らなくても心配ないって」
「…、そっか、ありがとう」
「……なあ、柚月」
「…ん?」
「今日は何かあったのか?」
「……別に…、大丈夫だよ」
「<何もない>とは言わないんだな」
「…、」
「とても大丈夫そうには見えねーよ」
「…、そうだよね…、ごめんね、颯太、いっぱい甘えさせてもらって」
「それはいいって。唯一無二の幼馴染なんだからさ。好きなだけ甘えればいいよ」
「…ほんとにありがとう」
儚い笑みを広げてしまう自分は、今まで生きてきた中でもきっと希少だろう。
颯太はほんの一瞬だけ切なげに目を細めた後、ニッと白い歯を見せてから私の頭を一撫でした。
「とりあえず、なんか飲むか? あ、酒以外でなっ」
「……じゃあ、水でいい」
「水? …ま、それだけ酔ってれば水が一番か…ちょっと待ってろ」
「うん」
もう一度私の頭をポンとやってからキッチンへ向かう颯太の背を見送り、膝を抱えて座る。
脛の上に顎先を乗せて目先に広がるグレーのカーペットに視線を落とすと、ただぼんやりと一点を見つめた。
︙
「そういやさ、小学校のときにオリジナルのマグカップ作ったよな?」
「……そんなことしたっけ?」
「柚月の家族と俺の家族とで一緒に旅行に行った先でさ、」
「旅行に行ったのは覚えてるけど、マグカップ…作ったっけ?」
「作った作った。正確には、マグカップに模様を付ける?みたいな感じでさ」
グラスがない為に、マグカップに注いだ水を持って戻った颯太と思い出話に花を咲かせて和やかに談笑していたが、
——"ピンポーン…、"
そこに割って入るようにインターホンが鳴り響いた。
「誰だよ、こんな遅くに…、」
言いながら、颯太が玄関先に出向いてしばらくすると、遠くの方でゴソゴソと話し合っている声が聞こえる。
内容までは分からないが、その声質から、インターホンを鳴らしたのは男性だと推測できた。
それからわずか数分後、
玄関先での応対を終えた颯太の後ろから予想外の人物が姿を見せて、思わず息を呑む。
「…っ、き、城崎さん…、どうしてここに?」
「そっちこそ。こんな夜更けに男の子の家に上がり込んで、何してるの?」
見慣れない、冷ややかな視線。
体中が射すくめられるようで、気まずくて視線を逸らした。
「別に…、」
「ちゃんとした理由もないのに、こんな時間にここに来てるの?」
「颯太は幼馴染だし、そんな大げさなものじゃないですよ」
「颯太だって男の子だよ?」
「……、」
「迷惑かけてるって思わないの?」
「いきなり押しかけて、悪かったなとは思ってます…」
「どうやら、かなりお酒を飲んでるみたいだけど…、」
「…、」
「酔っ払って突然家に押しかけて、おまけに雨に濡れて、着替えまで貸してもらってるみたいじゃない?」
「……」
「ほんと、キミって、思ってたよりもどうしようもない子だなあ…、迷惑極まりないよね、こんな子って」
城崎さんは口角を嫌な角度に歪めてせせら笑う。
嘲弄するような視線。
辟易が混ざった溜め息。
私は切り返すことなくただ無言で俯いた。
「咲也くん、ちょっと言いすぎだって…、」
「悪いけど、颯太はしばらく黙っててくれる?」
遠慮がちながらも諫めた颯太に微笑を差し向けながらも、短く言い放った城崎さんの瞳の奥はヒヤリとしていて笑っていない。
「…柚月、」
少しの躊躇いの後、城崎さんの背後から滑り込むようにしてこちらに近づいた颯太は、
カーペットの上に片膝を立てて、申し訳なげに私の顔を覗き込んだ。
「ごめんな、柚月…、実は、さっきおまえの家に電話したとき、通話口に出たのが咲也くんだったんだよ…、柚月に話したら嫌がるかなと思って、そのこと黙ってたんだけど…。咲也くんも『分かった』って言って電話を切ったから、まさかうちに来るなんて思わなくてさ…」
「…、そっか」
「ここの住所も、咲也くんにはまだ教えてなかったし…、」
「僕、探偵さんだよ? 今颯太が住んでる場所なんて、ちょっと調べればすぐに分かるよ」
畳み掛けた城崎さんは、改めてこちらに向き直った。
「僕が勝手に来たんだから、颯太のせいじゃない。どうやらここに、やけ酒飲んで自滅しかけてる子がいるみたいだから、おもしろそうだなと思って見物に来ただけ」
「…!」
「酔っ払ったところで何かが変わるわけでもないのに、笑っちゃうよね」
「——」
耳を疑うような刺々しい発言の連続に、キュッと唇を噛み締める。
(何も知らないあなたに、そこまで言われる筋合いなんかないっ…)
悔しくて、悲しくて。
見上げた先の城崎さんを貫くように見据えながら、低い声を刻み付けた。
「城崎さんに、私の何が分かるって言うんですか…、」
「そんなの分かるわけないじゃない」
「そうやって…、へらへら笑って、そんなに面白いですか?」
「うん、楽しいよ。こうやってバカな子のこと眺めてるのって」
「……酷い言い方するんですね」
「一人で勝手に荒れてさ。自分自身を見失いそうになってる子って、ほんと無様だよね」
「…っ、」
「なに? 文句でもある? あるわけないよね、本当のことを言われてるんだから」
「……、っ、どれだけ…、」
「……」
「どれだけ苦しいかなんて、城崎さんには分からないですよっ!」
胸が引き裂かれるみたいに、もう、心が限界で。
気付けば、人目を憚らず止めどなく涙が溢れ出していた。
→
「ぶかぶかだ…」
「ははは、でも、なかなか似合ってて可愛いぜ、うん」
「…そうかな?」
メンズサイズのそれはゆったり過ぎるほどの大きさで、ほっこりとした温もりに包まれる。
颯太が貸してくれたジップパーカーの上下に着替えた私は、再び座椅子の上に腰を下ろして静かに寛いでいた。
「…あのさ、さっき、おまえの家に電話入れといたから」
濡れた髪もドライヤーで乾かし終えて、私の気持ちが落ち着いたのを見計らったかのように、颯太がおもむろに口火を切った。
「…え?」
「ちょっと飲みすぎて、今日は俺のところに泊まるから、帰らなくても心配ないって」
「…、そっか、ありがとう」
「……なあ、柚月」
「…ん?」
「今日は何かあったのか?」
「……別に…、大丈夫だよ」
「<何もない>とは言わないんだな」
「…、」
「とても大丈夫そうには見えねーよ」
「…、そうだよね…、ごめんね、颯太、いっぱい甘えさせてもらって」
「それはいいって。唯一無二の幼馴染なんだからさ。好きなだけ甘えればいいよ」
「…ほんとにありがとう」
儚い笑みを広げてしまう自分は、今まで生きてきた中でもきっと希少だろう。
颯太はほんの一瞬だけ切なげに目を細めた後、ニッと白い歯を見せてから私の頭を一撫でした。
「とりあえず、なんか飲むか? あ、酒以外でなっ」
「……じゃあ、水でいい」
「水? …ま、それだけ酔ってれば水が一番か…ちょっと待ってろ」
「うん」
もう一度私の頭をポンとやってからキッチンへ向かう颯太の背を見送り、膝を抱えて座る。
脛の上に顎先を乗せて目先に広がるグレーのカーペットに視線を落とすと、ただぼんやりと一点を見つめた。
︙
「そういやさ、小学校のときにオリジナルのマグカップ作ったよな?」
「……そんなことしたっけ?」
「柚月の家族と俺の家族とで一緒に旅行に行った先でさ、」
「旅行に行ったのは覚えてるけど、マグカップ…作ったっけ?」
「作った作った。正確には、マグカップに模様を付ける?みたいな感じでさ」
グラスがない為に、マグカップに注いだ水を持って戻った颯太と思い出話に花を咲かせて和やかに談笑していたが、
——"ピンポーン…、"
そこに割って入るようにインターホンが鳴り響いた。
「誰だよ、こんな遅くに…、」
言いながら、颯太が玄関先に出向いてしばらくすると、遠くの方でゴソゴソと話し合っている声が聞こえる。
内容までは分からないが、その声質から、インターホンを鳴らしたのは男性だと推測できた。
それからわずか数分後、
玄関先での応対を終えた颯太の後ろから予想外の人物が姿を見せて、思わず息を呑む。
「…っ、き、城崎さん…、どうしてここに?」
「そっちこそ。こんな夜更けに男の子の家に上がり込んで、何してるの?」
見慣れない、冷ややかな視線。
体中が射すくめられるようで、気まずくて視線を逸らした。
「別に…、」
「ちゃんとした理由もないのに、こんな時間にここに来てるの?」
「颯太は幼馴染だし、そんな大げさなものじゃないですよ」
「颯太だって男の子だよ?」
「……、」
「迷惑かけてるって思わないの?」
「いきなり押しかけて、悪かったなとは思ってます…」
「どうやら、かなりお酒を飲んでるみたいだけど…、」
「…、」
「酔っ払って突然家に押しかけて、おまけに雨に濡れて、着替えまで貸してもらってるみたいじゃない?」
「……」
「ほんと、キミって、思ってたよりもどうしようもない子だなあ…、迷惑極まりないよね、こんな子って」
城崎さんは口角を嫌な角度に歪めてせせら笑う。
嘲弄するような視線。
辟易が混ざった溜め息。
私は切り返すことなくただ無言で俯いた。
「咲也くん、ちょっと言いすぎだって…、」
「悪いけど、颯太はしばらく黙っててくれる?」
遠慮がちながらも諫めた颯太に微笑を差し向けながらも、短く言い放った城崎さんの瞳の奥はヒヤリとしていて笑っていない。
「…柚月、」
少しの躊躇いの後、城崎さんの背後から滑り込むようにしてこちらに近づいた颯太は、
カーペットの上に片膝を立てて、申し訳なげに私の顔を覗き込んだ。
「ごめんな、柚月…、実は、さっきおまえの家に電話したとき、通話口に出たのが咲也くんだったんだよ…、柚月に話したら嫌がるかなと思って、そのこと黙ってたんだけど…。咲也くんも『分かった』って言って電話を切ったから、まさかうちに来るなんて思わなくてさ…」
「…、そっか」
「ここの住所も、咲也くんにはまだ教えてなかったし…、」
「僕、探偵さんだよ? 今颯太が住んでる場所なんて、ちょっと調べればすぐに分かるよ」
畳み掛けた城崎さんは、改めてこちらに向き直った。
「僕が勝手に来たんだから、颯太のせいじゃない。どうやらここに、やけ酒飲んで自滅しかけてる子がいるみたいだから、おもしろそうだなと思って見物に来ただけ」
「…!」
「酔っ払ったところで何かが変わるわけでもないのに、笑っちゃうよね」
「——」
耳を疑うような刺々しい発言の連続に、キュッと唇を噛み締める。
(何も知らないあなたに、そこまで言われる筋合いなんかないっ…)
悔しくて、悲しくて。
見上げた先の城崎さんを貫くように見据えながら、低い声を刻み付けた。
「城崎さんに、私の何が分かるって言うんですか…、」
「そんなの分かるわけないじゃない」
「そうやって…、へらへら笑って、そんなに面白いですか?」
「うん、楽しいよ。こうやってバカな子のこと眺めてるのって」
「……酷い言い方するんですね」
「一人で勝手に荒れてさ。自分自身を見失いそうになってる子って、ほんと無様だよね」
「…っ、」
「なに? 文句でもある? あるわけないよね、本当のことを言われてるんだから」
「……、っ、どれだけ…、」
「……」
「どれだけ苦しいかなんて、城崎さんには分からないですよっ!」
胸が引き裂かれるみたいに、もう、心が限界で。
気付けば、人目を憚らず止めどなく涙が溢れ出していた。
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