ありきたりなエール ・5
文字数 1,030文字
「こらっ、待てって言ってるのに、聞かない人だな」
「……」
すでに靴を履き終えて玄関ドアを開いた響也に、少しばかり怒ったように言葉を投げる。
けれど、響也はそれに対して言い訳するわけでもなく、何も答えないままでそっと振り返り、私に視線を合わせた。
「……」
「ほら、これ…、」
「……」
「せっかくだから」
小ぶりな紙袋を響也に差し出す。
中には、手頃なサイズのタッパーに急いで詰めた、できたてのお昼ご飯が入っていた。
「さっき、オムライス作ったんだ。良かったら、時間のあるときにでも食べて」
「……」
無言で受け取った響也の僅かに俯いた相貌には、ちょっとした翳りがちらついていた。
何も言わないのは、実はいろんな想いが渦巻いているからだということを、私は知っている。
子どもの頃から、習い事や塾の時間になると、友達と遊んでいる途中でどんなに楽しくても切り上げさせられて、悲しい思いをしたのだと、響也が以前、話していたことがあったから。
今もまた、久しぶりの私たちとの気の置けない時間をほとんど過ごせずに、たとえ犬猿の仲みたいな城崎さんとでも、近況や思い出話くらいは多少なりとも交わせただろうに、それすらも叶わずに。
その場から立ち去らなくてはならない、生まれながらにしての縛りみたいなものを改めて強く思い知って、きっと、ほんの少しでも寂しく感じたに違いないから。
「スプーンもタッパーも返さなくていいから、気にしなくていいよ」
「……、」
「あと、袋の中にペットボトルのお茶が二つ入ってるけど、一つは運転手さんの分ね。響也がうちに居る間、ずっと待っててくれてたし、渡しといて」
「……ああ」
「忙しいと思うけど、あまり無理しないようにね?」
「…次はいつになるか分からないが、もしまた時間ができれば連絡する」
「うん、待ってるよ」
…だから、せめて。
自己満足だとしても、友達を支える想いに偽りはないから。
「仕事、頑張って」
ありきたりだけど、心ばかりのエールをオムライスに添えた。
「いいな、石羽くん。ちょっと羨ましい」
響也を乗せた車が見えなくなるまで見送っていた私の横に追いついた城崎さんが、ぽつりと言う。
「あんなに忙しいのがですか? …というか、仕事の忙しさでは、城崎さんも負けていない気もしますけど」
「仕事のことじゃなくて、あのオムライス…、」
「あっ! オムライス、早く食べないと冷めちゃうっ」
ポンと、城崎さんの肩を軽く叩いて踵を返す。
(……頑張れ、響也)
もう一度、心の中で、響也にエールを送りながら。
→
「……」
すでに靴を履き終えて玄関ドアを開いた響也に、少しばかり怒ったように言葉を投げる。
けれど、響也はそれに対して言い訳するわけでもなく、何も答えないままでそっと振り返り、私に視線を合わせた。
「……」
「ほら、これ…、」
「……」
「せっかくだから」
小ぶりな紙袋を響也に差し出す。
中には、手頃なサイズのタッパーに急いで詰めた、できたてのお昼ご飯が入っていた。
「さっき、オムライス作ったんだ。良かったら、時間のあるときにでも食べて」
「……」
無言で受け取った響也の僅かに俯いた相貌には、ちょっとした翳りがちらついていた。
何も言わないのは、実はいろんな想いが渦巻いているからだということを、私は知っている。
子どもの頃から、習い事や塾の時間になると、友達と遊んでいる途中でどんなに楽しくても切り上げさせられて、悲しい思いをしたのだと、響也が以前、話していたことがあったから。
今もまた、久しぶりの私たちとの気の置けない時間をほとんど過ごせずに、たとえ犬猿の仲みたいな城崎さんとでも、近況や思い出話くらいは多少なりとも交わせただろうに、それすらも叶わずに。
その場から立ち去らなくてはならない、生まれながらにしての縛りみたいなものを改めて強く思い知って、きっと、ほんの少しでも寂しく感じたに違いないから。
「スプーンもタッパーも返さなくていいから、気にしなくていいよ」
「……、」
「あと、袋の中にペットボトルのお茶が二つ入ってるけど、一つは運転手さんの分ね。響也がうちに居る間、ずっと待っててくれてたし、渡しといて」
「……ああ」
「忙しいと思うけど、あまり無理しないようにね?」
「…次はいつになるか分からないが、もしまた時間ができれば連絡する」
「うん、待ってるよ」
…だから、せめて。
自己満足だとしても、友達を支える想いに偽りはないから。
「仕事、頑張って」
ありきたりだけど、心ばかりのエールをオムライスに添えた。
「いいな、石羽くん。ちょっと羨ましい」
響也を乗せた車が見えなくなるまで見送っていた私の横に追いついた城崎さんが、ぽつりと言う。
「あんなに忙しいのがですか? …というか、仕事の忙しさでは、城崎さんも負けていない気もしますけど」
「仕事のことじゃなくて、あのオムライス…、」
「あっ! オムライス、早く食べないと冷めちゃうっ」
ポンと、城崎さんの肩を軽く叩いて踵を返す。
(……頑張れ、響也)
もう一度、心の中で、響也にエールを送りながら。
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