第123話 土門英が戻って来たが・・・

文字数 2,168文字

 その土門英が例の地回り達に、突然、連絡をして来た。如何なる方法で連絡して来たかは定かではない。とにかく彼の意図はならず者達に伝わった。
「実は、俺の女が、目下、瀕死の病床にあるので、彼女が死ぬ前に一目逢いたいんだ」
彼はそう言って来た。
「ほんの二、三日で良いから、俺が昔の我が家に戻るのを許して貰えないか?」
土門英はそう懇願した。自分が何処に居るかは言わなかった。
ならず者たちは相談した。
今にも天国に召されようとしている女のことを考えると、ならず者たちにも、つい、仏心が働いた。
「奴のしたことと女の死とは、それはそれで、別問題だな」
そこで、彼らは妥協案を生み出した。
「よし。土門英には七十二時間に限って入洛を許す。女との面会や葬儀その他の手続きを済ませることも許可する。が、それが済んだら直ちに立ち去らなければならない。滞在は七十二時間に限って認める。それ以上は一秒たりとも許さない」
こうして土門英は京都に戻って来た。

 彼は直ぐに明美に会いに行った。
明美は、瀕死の状態ながらも、彼を見て驚きの眼を見張った。弱々しくはあったが彼をしっかりと抱きしめ、涙ながらに叱責し、そして、許した。
「今まで何処をほっつき歩いていたのさ、わたしを独り放ったらかして!」
「警察と取引したんだ、情報を提供する代わりにお前の身の安全を生涯保証する、ってことで。無論、俺のことも不問に付すということだった」
「何よ、それって?」
「お前が、あの頃既に、進行性の乳癌を患っていることを俺は知っていた。だから、警察病院に入院して手術をすれば助かるかも知れない、そう考えた。然も、費用は全部警察が持ってくれると言う約束だった」
その頃、京都府警は全署を挙げて暴力団壊滅活動に取り組んでいた。内部情報を得られればその活動展開はダントツに効率的だったのである。地回りの下端を手下に使うことくらい何の支障も無かった。粋がり屋のおっちょこちょいだった出門英に白羽の矢が立った。
「何故、一言も言ってくれなかったのよ!」
「その頃は未だお前は元気だったし、病気のことはおくびにも見せなかった。話せばお前もいろいろ気を揉むだろうし・・・だから何も言わなかったんだ」
「じゃ、突然居なくなったのはどうしてよ?」
「最初は上手く行っていたんだ。俺が情報を提供する、警察がそれを上手く使ってならず者たちを捕まえる。ところがそのうちに次第に雲行きがおかしくなって来た。奴らが情報の出所を探り始めたんだ。そして、俺の処に辿り着いた。奴らに捉まればリンチされた上に殺される。その時はもう逃げるしか時間も方法も無かった、お前に連絡して話す余裕は無かったんだ」
「電話の一本や手紙の一通くらいも出来なかったの?」
「それをすれば、其処から足がついて俺の生命が危うくなる。解ってくれ!」
「あんた!」
二人はひしと抱き合った。
土門英に再会した明美は、俄然、持ち直す気配を見せた。呆気無く死ぬことは無かった。
その晩、彼は嘗て自分の溜まり場だった多くの場所を訊ねて廻った。
「祇園」は様変わりしていた。
歌をじっくり聴かせるプロらしい歌手は姿を消し、替わりに、ポップスを唄うミニスカの若い女性グループが人気を博していた。カウンターの若者たちも昔とは違っていた。時代を先取りするファッションやヘアースタイルの若者は去り、替わりに、ネクタイにスーツ姿のサラリーマンが目立った。ホステスもじっくり客の話に耳を傾けるロングドレスの大人の女性は去り、替わりに、胸が覗きパンティがちらつくような露出悪の若いキャバ嬢ばかりであった。然し、それでも久し振りの京都は京都であった。
 
 明くる晩、彼はバー「レッド・ハート」ですらっと背の高い、髪を金色に染めた若い娘に出逢った。土門英はその娘に酒を奢り、ダンスに誘った。そして、自分の身の上話を十分に脚色して語ろうとした。
 三日目も昼間は病院で明美に寄り添い、彼女と目顔で語らって終日を過ごした。そして、夜になるとまたぞろ「レッド・ハート」へ出向いた。金髪の娘はその晩も居た。彼は遅くまで酒場で粘り、とうとう彼女をマンションまで送って行った。が然し、彼女は戸口で素っ気無く土門英とサヨナラした。彼はホテルに帰って独りで眠った。
 翌日の朝、昼前に目覚めた土門英は明美の病院へ行こうとして、ハッと気付いた。約束の七十二時間は過ぎてしまっていた。
彼は鴨川五条に在る地回りの組事務所まで足を運んだ。
「ボスに会わせて欲しい」
土門英は滞在時間の延長を頼むつもりだった。
「ボスは今不在だが、おっつけ戻って来るよ」
七、八人の男たちがカード・ゲームに興じていたが、彼には目もくれなかった。土門英は折り畳み式の椅子に腰を降ろしてボスの帰りを待った。
 と、突然、銃を持った二人の男が踏み込んで来た。彼等は土門英に向かって八発の銃弾を打ち込んでから、歩み去った。ハチの巣になった彼の身体はずるずると椅子から床に滑り落ちた。
警察の取り調べに男達は口々に言った。
「いや、俺たちは何も見なかったぜ」
「あっという間の出来事だったので、銃を持った男たちの顔を見る暇も無かったよ」
「土門英なんて男が何者かも知らねぇし、何で此処に来たのかも知らねぇな」
死体は救急車で警察の死体置き場に運ばれた。
沢明美がその後どうなったのかは、誰も知らない。
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