第30話 「わたし、シンイチと、もっと深く愛し合いたいの」 

文字数 1,343文字

 翌日、キャサリンが案内したのは、何と、寿司店だった。
店内は寿司カウンターと和室の個室と小さなテーブルが数台の、和が感じられる造りになっていて、慎一はまるで日本に居るかのような錯覚を覚えた。
「此処は三十五年以上も続いているニューヨークきっての極上のお寿司屋さんなの。数々のお魚は全て日本から直接仕入れていてとても新鮮なのよ。どう?美味しい?」
慎一が握られた寿司の一貫を頬張ると、ネタとシャリが一緒になった旨味が口の中一杯に拡がった。
「ベリー・グッド!」
彼は親指を立てて微笑んだ。キャサリンが満足そうに頷いた。
 二人の会話は弾んだ。キャサリンは慎一のことをあれこれと知りたがった。
日本の何処に住んで居るの?両親はどんな人なの?兄弟や姉妹は居るの?信仰はやっぱり仏教なの?学校は何処を出たの?専門は何なの?どんな仕事をしているの?毎日の生活は愉しい?などなど・・・
慎一はキャサリンのことをそれほど訊ねなかった。彼女は富豪の次女だった。兄も弟も居た。住んで居る世界が余りにも違い過ぎた。生まれが違う、育ちが違う、環境が違う、身分が違う、価値観が違う。聞いてどうなるものでもなかった。彼は自分の“分”をわきまえて居た。
 キャサリンはそんな慎一に惹かれた。ビジネスマンとしての矜持を保ち、富豪の娘に諂ったりお愛想をしたりすることは一切しない、その爽や かさに魅せられた。彼女の周りにちやほやと寄り集まって来る男たちとは異質であったし、邪心の無い男と接するのは初めてに等しかった。
キャサリンは積極的で行動的だった。自分から何の衒いも無く週末には慎一をデートに誘い、ディナーを共にして、自ら慎一への愛を告白した。

 それは知り合って一カ月後の、週末の夜のことだった。
「わたし、シンイチと、もっと深く愛し合いたいの」
彼女はそう言って、その夜、彼を実家の別荘に誘った。
マンハッタンから車で二時間も走ると、ニューヨーク郊外のロングアイランドにあるハンプトンに着いた。慎一は夜の車窓から眺めるだけでそのスケールの大きさに圧倒された。
「此処は“東のハリウッド”と呼ばれているの。ニューヨークは今、バケーション・シーズンの真っ盛りで、週末ごとにリゾートへ出かける人や、纏めて休みを一月近くも取って旅行へ出かける人も居る。七月から九月の間はマンハッタンからニューヨーカーが居なくなる時期なのよ」
キャサリンの別荘も巨大だった。オーシャン・ビューのデッキが付いて居る部屋が二十室以上も在った。慎一は眼を見張った。
・・・一年に数カ月しか利用しない別荘なのにこの規模なのか?・・・
シャワーを浴びて浴室から出て来たキャサリンが直ぐに唇を重ねて来た。その唇は熱かった。激しいキスを繰り返しながら彼女は言った。
「アイ・ラブ・ユー」「アイ・ラブ・ユー」
 翌朝、人気のレストランでパンケーキの朝食を堪能した二人は、その後、ビーチへ向かった。真っ白い砂浜が遠く遥かまで拡がっていた。
 午後は乗馬やポロのイベントを愉しみ、夜は連日催されるチャリティ・パーティーに出かけた。
「ハンプトンはニューヨーク社交界にとっての避暑地なの。この街を包み込むエレガントな雰囲気は、ソーシャライツと呼ばれる財界の著名人たちが挙って好むからこそ生まれるのよ」
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