第4話 遼子、自分の出自を確かめに

文字数 1,585文字

 花街の端の髪結処は直ぐに見つかった。
「小泉遼子と言いますが、佐古花絵さんにお眼にかかりたいのですが・・・」 
スタッフに導かれて表われた五十歳前後の女性が、訝しげな表情で遼子を見詰め、遼子の頭の天辺から足の先まで目線を動かした。
「小泉遼子ちゃんって、あの遼子ちゃん?」
「はい、小さい頃、母と一緒にお世話になった遼子です」
「まあ、遼子ちゃんなの!随分大きくなって、綺麗になったわねえ。さぁさ、中へお入りなさいよ」
自分が先に立って、遼子をサロンの入口近くに在る応接室へ導き入れた。
「いやぁ、本当に懐かしいわね、もう何年になるかしら?十数年振りだわね、きっと」
彼女は遼子の顔をしげしげと見つめた。
「良く似ているわね、千代ちゃんと。眼の辺りから頬にかけて、それに、口元もそっくりだわ」
余りに繁々と見詰められて遼子は眼のやり場に困った。
「で、今日はどうしたの?ふらりと立ち寄ったという訳でも無さそうね」
「はい、ちょっと母のことが知りたくて」
「あっ、解かった。あんた、そろそろ高校卒業なのね、それで自分の生まれや育ちが気になって来たんでしょう」
「ええ、まあ・・・」
「千代ちゃんは、そりゃあ、綺麗な人だったのよ。髪は鴉の濡れ羽色、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿が百合の花、って言う形容がぴったりの綺麗さだった。舞踊の納めに舞扇をさっと抜いて翳した立姿なんかは男だけでなく女までもが見惚れるほどだったからね」
遼子は幼い頃の記憶と花絵先生の話に聞く母親の姿を重ね合わせた。
「それに、姿かたちだけでなく気風も良かった。金が物を言う憂き世の花街で、金では絶対に左褄を取らなかったからね」 
金に物を言わせて口説いた旦那も数多く居たらしいが、頑として首を縦に振らなかった、と言う。
「義理に絡んだ花街で、千代ちゃんは特に義理に固かった。人情に厚く筋を通す人だった。あなたを連れて帰って来た時も、未だ若かったから、もう一度お座敷に出たら、と言う話が随分と有ったんだけど、此の子の為に堅気でやらせて下さい、と言ってこの店に住み込んだのよ」
遼子は朧な記憶の中を弄って母親を偲んだ。胸の中がきりりと痛む気がした。
「店での仕事振りは、そりゃ、一生懸命だった。若い見習いの髪結さんに混じって、必死にパーマネントの技術と知識を身に付けようとした。うちの母も絆されて閉店後に特別に教えていたからね。まさか癌に侵されて、呆気なく逝ってしまうなんて、誰も思いもしなかったのに・・・」
遼子は今更乍らに母親の苦労に思いを馳せた。
「父のことは何かご存知ですか?」
「さあ、わたしも詳しくは聞いていなかったけれど・・・気は荒いが一本気で、男気のある人だったらしいわ。未だ二十代だったのに、義侠心に厚くて度胸が有って、なかなか腹の座った人だったみたいね。あの若さで元締めを務めていたのだから、きっと面倒見も良かったのだろうと思う」
 遼子は、花絵先生の話を聞いて、自分の親が世間から後ろ指を指されるような、卑下しなければならないような二親ではなかったらしいことを嬉しく思った。むしろ矜持をしっかり持った芯の有る親だったのかも知れない、と自分の出自に少し安堵した。
 そして、不意に、私も美容師になろうかしら、母が成し遂げられなかったことを自分のこの手で実現してみようか・・・と思った。遼子は直ぐに施設や図書館でネットを使って美容師について調べ始めた。
 美容師として仕事をして行く為には美容師免許が必要である、それには国家試験に合格しなければならない。受験するには、大きく別けて、厚労省認定の美容学校に通うか、通信教育とスクーリングで受験資格を得るか、二つの方法がある。美容院で見習いとして働きながら国家試験に挑戦することも出来る。
遼子は、私にはお金が無いなぁ、と暗い気持に沈みかけたが、ふと何かに思い至った。
よし、やってみよう!・・・
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