第6話 達夫と雅子、ツーリングで三台のオートバイに着け回される

文字数 1,839文字

 オートバイは夕方の渋滞の中を快適にすり抜けて、インターチェンジから高速道路へ入った。速度が増すと、後ろの雅子の身体が達夫にぴったりとくっ付いて来た。
「ねえ、タツ・・・」
後ろで雅子が何か大声で叫んだ。が、風と排気音で何を言っているのか、聞き取れない。
「えっ、何?」
達夫は叫び返しながら少し速度を落とした。だが、今度は物凄い爆音が後ろから迫って来て又しても何も聞こえない。バックミラーを見ると、達夫のとは比べものにならない大型のオートバイが三台、それほどスピードを出しているようには見えなかったが、次第に追い迫いて来た。
三台のオートバイは直ぐに達夫たちと並んだ。
ヘルメットと防風眼鏡で顔が完全に隠れているので、どんな連中なのか良く解らないが、達夫たちのオートバイの後になり先になりしながら頻りに大声で野卑な言葉を浴びせかけて来た。出来ることなら速度を上げて振り切ってしまいたいが、到底振り切れる相手ではない。仕方なく、達夫はむしろ速度を下げ加減にしてそのまま雁行していると、そのうち、揶揄うのに飽きたのか、相手はいきなり速度を上げ、次々と達夫のオートバイをすれすれに掠めるようにして瞬く間に遠ざかって行った。
「嫌な人たちね!」
後ろで雅子が叫んだ。
「何て言ったんだ?」
達夫が聞き取り易いように速度を下げたまま怒鳴った。
「えっ?何だ?」
後ろで雅子がまた叫んだ。
「何でもない。ほんとうに嫌な奴らだ、って言っただけ」
「気にするな。焼き餅を妬いていただけさ」
そう怒鳴り返した時、一瞬、訳の解らない不安が達夫の胸を掠めた。が、快調に響き続ける排気音のリズムが直ぐに不安を打ち消し、達夫はスロットルを一杯に挙げて、そのリズムを更に高めて行った。
 長い緩やかな上り坂を過ぎて、ゆっくりと左へ曲がり込んだ辺りに、故障車の為の退避場所が在った。其処を通り過ぎる時、さっきの三台のオートバイが停まっているのが見えた。すっかり忘れていた不安が達夫の中でまた急に膨らんで来た。
「しっかり摑まって居ろよ!スピードを上げるぞ!」
達夫は後ろへ向かって怒鳴り、速度を一杯に上げた。幸い、今度は長い緩やかな下り坂が始まり、達夫のオートバイは快調にスピードを上げて薄暮の中へ突っ込んで行った。
 だが、間も無く後ろの方から聞き覚えのある爆音が三台、互いに絡み合いながら聞こえ始め、瞬く間に近づいて来た。達夫のオートバイは全速に上げていたが、忽ち並ばれてしまった。そして、達夫たちのオートバイを囲むようにして、一台は横に、一台は後ろにぴったりとくっ付き、もう一台は先導するように前についた。雅子が達夫の腰に回した腕にぎゅっと力を込め、身体ごとしがみ付いて来た。
達夫はまた先程のように速度を落としてやり過ごそうとしたが、すぐ後ろについているオートバイがけたたましくホーンを鳴らして追い立てた。相手のオートバイは排気量でも重量でも軽く此方の三倍は有りそうだった。後ろにしろ横にしろ、この速度で接触したらすっ飛ぶのは此方である。左側は路肩で、速度を更に上げて前へ抜けることなど到底出来ることではなかった。四台のオートバイは暫くそのまま、小型オートバイの出せるぎりぎりの速度で、暗くなった高速道路を一塊となって走り続けた。達夫は不安と恐怖に圧し拉がれそうだった。後ろでしがみ付いている雅子の身体が錘のように重く感じられた。不安と恐怖は愈々高まって行った。
 やがて前方に次の出口が見えて来た。前を走るオートバイが左折灯を点滅させ始めた。横のオートバイも左折灯を点けながら、頭を車体の半分ほども達夫のオートバイの先に出した。出口が来ると、速度を落とすことなく左へ曲がって行く先頭車に続いて、右横のオートバイも左へハンドルを切ったので、達夫のオートバイは頭を抑えられ、それに従いて左折するしかなかった。後ろからは最後の一台が、時折、けたたましくホーンを鳴らして追い上げて来るので、達夫は速度を落とすことも出来ず、危ういバランスを取りながらスリップせずに何とかカーブを曲がり抜けた。
 国道へ出ても状況は変わらなかった。
十分ほど走ったところで、先頭車の合図で、達夫のオートバイはまた一本の脇道へ追いやられた。舗装された細い登り道で、坂を一気に駆け上ると、急に舗装が切れ、土がむき出しになった広い真っ暗な台地が拡がっていた。三台のオートバイは達夫たちのオートバイをその台地の奥まで引っ張って行ってエンジンを切らせ、自分たちもエンジンを止めた。
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