第23話 「そうじゃよ、セックスの踊りじゃよ」 

文字数 1,883文字

 広い構内の一隅にある大学図書館に、最近、毎日やって来る男女の学生が居る。
整った顔立ちの女学生は色白で品がある顔なのに、何処か茶目っ気の在る感じで人目を惹いていた。男の方は大学院の学生なのだが、夏休みになってからは毎日通って来て女学生と並んで本を読む。彼女は二十一歳で国文科の三回生、男は修士課程の院生で二十四歳、お互いに「渡辺美穂」と「森村淳一」と名乗り合っていた。
昨今、二人は昼食も一緒に摂り、揃って帰っても行く。
 開館三十分後の朝十時半、淳一が閲覧室のいつもの席に座って居ると、少し遅れて美穂が現れる。入口で彼を見つけた時から横に立つまで、彼女は長い距離を淳一に微笑みかけながら歩いて来て、隣の椅子に腰かける。二人は時々眼を合わせたり、時計を指して頷いたりしながら、昼まで本を読み続ける。
 十二時近くになると二人は別棟の学生食堂へ赴き、食券売場の列に並ぶ。美穂は閲覧室を出た途端から喋り詰めで、淳一は時々口を挟む程度である。
 
 今日も食事の後のコーヒーを飲み終えると、いつものように散歩に誘い合った。二人は食堂の人混みと食べ物の匂いを逃れて、大学のすぐ南に在る市営の大きな公園に出かけ、遊歩道を抜けて小さな広場の木のベンチに腰掛けた。
並んで腰かけると、淳一が出し抜けに提案した。
「どうだ?これから僕の部屋へ行かないか?君の気に入りそうなCDも在るし、いつか見たいと言っていたDVDも在るし、ね」
そのDVDの話の途中で美穂が片手を挙げて遮った。
「ハイ、ハイ、ハイ・・・あのう・・・危険はないかしら?」
淳一は苦笑してはにかみ乍ら答えた。
「それは、やはり、在る」
「正直ね」
「困るかな?」
「危険は危ないもの」
「うん。じゃあ、こういうのはどうだ?危険なことは無い、と僕が約束する。それを君が信用する・・・」
「そういう約束って、全然信用出来ないんですってよ」
「それは、まあ、そうだな」
淳一はそこで溜息を吐いたが、美穂は取り合わなかった。
暫く、会話が途切れた。
 
 美穂が腰を上げたので淳一も立ち上がった。二人は公園を抜けて大通りを横切り、太い円柱形の鳥居が見える神社の方へ歩を進めた。鳥居を潜ると、社殿へ続く広い道の両側に何本もの幟が微かな夏の風に揺らめいていた。鳥居の下には、阿形と吽形の狛犬が向き合っていた。
 その時、陽曝しの神楽殿に白い袷を着て袴を着けた三人の男がひょいと現れて、祭囃子の笛と鼓の音を合わせ始めた。二人が立ち止まって眺めていると、程無く、黒い衣装に身を包んだ男と白装束の女が現れて囃子に合わせて踊り出した。男の被っているお面は赤い太い鼻の上に長い筆が載った天狗の面で、女のそれは鼻先にピンクの無花果が開いている緑い瓜の面だった。踊り手は腰を前に強く突き出したり、後ろに緩く引いたり、左右に激しく揺すったり、丸く円を描いたりして、身をくねらせた。結構に卑猥な身動きだった。
「変な踊り・・・」
美穂が呟いた。
「うん、確かに、変だ」
淳一も肯じた。
 小奇麗な造りの社殿の前に、縮みのシャツとステテコ姿の老人がひとり、日陰になっている石段の端に腰掛けて涼んでいた。
淳一と美穂は老人の処へ歩み寄ってあれこれと話を聴いた。
「祭は今度の日曜日じゃよ、だから今日は未だ稽古だけだ」
老人が続けた。
「稽古には神輿も出ないし、縁日も無い。当たり前のことじゃが、な」
「あのぉ~」
美穂が横から声を懸けた。
「此処の、男女神社というのは縁結びとか安産とかにご利益があるのですか?」
「ああ、無論、それもあるが、元々は男と女が睦み合い、契り合うという処から来ているんじゃよ」
今度は淳一が訊ねた。
「それじゃ、あの天狗のお面の筆は?」
「男が童貞を破ることを“筆おろし”と言うじゃろう、天狗のあの鼻は男のシンボルを表しているんじゃ」
「それじゃ、女のお面は、女性のアレを?」
「そうじゃ、女が処女を失うことを“破瓜”と言う。若いあんた達は知らない言葉かも知れんが、昔から処女破りを“破瓜”と言うんじゃ。開いた無花果は女のアレよ」
「あの踊りはひょっとして男と女の交わりを表現しているのですか?」
「そうじゃよ、性交の踊り、セックスの踊りじゃよ」
道理であんなに卑猥であった訳だ、と二人は納得した。
 二人は狭い境内をぶらぶらと見て廻った。
社殿の左に龍神社と言う祠が在って、ピンクと黄色の雲が乱れ飛ぶ中で黒い蛇と赤い蛇が御幣に纏わり付いて絡み合っている額が、奉納されていた。何方の蛇も長くて細い舌を焔のように出していた。
「エッチねえ!」
「うん、淫乱だな」
淳一が頷いて賽銭を投げ入れ、美穂が続いて硬貨を落とした。
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