第31話 「わたし、産むの、シンイチの子を」 

文字数 1,005文字

 夏の季節が終わって別荘を締めると、程無くクリスマスが終わってニュー・イヤーになり、やがて、寒い雪の季節となった。慎一にとってはニューヨークで迎える二度目の冬だった。
空気が乾燥していて「寒い」と言うよりは「痛い」と言う感じだった。三月になってもニューヨークは寒かった。最低気温は氷点下を記録し雪も降った。
 そんな矢先だった。慎一に日本への帰任が発令された。
彼は二年振りに帰国することに思い惑った。何よりもキャサリンとの別離が彼の心を重くした。
キャサリンはじっと慎一の眼を覗き込みながら問いかけた。
「何か、心配事が有るみたいね、シンイチ」
柔らかい穏やかな口調であった。
「うん・・・」
彼女は何も言わずに慎一をじっと見つめて、続きを待った。
慎一は深く息を吸い込んだ。
「実は・・・」
彼は後に続く告別の言葉を少しでも和らげようと間を置いた。
「今度、日本へ帰ることになったんだ、本社勤務を命じられたよ」
「あっ、そう・・・」
キャサリンはそれっ切り押し黙って俯いた。
それから、彼の視線を避けるように身体を回して、くるりと背を向けた。彼女の滑らかな肩の線が一瞬、震えた。此方に振り向いた口元も微かにヒクついていた。彼女は慎一の方を見ようとしなかった。
 不意に、キャサリンが言った。
「私のお腹にシンイチの赤ちゃんが居るの」
「えっ?何だって?」
彼には衝撃の言葉だった。暫く次の言葉が継げなかった。
「そう。私が一番愛したシンイチの子供が、私のお腹の中に居るの」
彼は、どう応えて良いのか惑って、キャサリンの貌をじっと見詰めた。
「わたし、産むの、シンイチの子を」
「産む?」
「そう。私はシンイチから宝物を貰ったの。これは私の宝よ。だから、私は産むの」
「然し、僕は・・・」
慎一が何か言おうとすると、キャサリンが人差指を口の前に立てて遮った。
「何も言わなくて良いの。私は独りでこの宝物を産み出し、そして、大きく育てるの。でも、認知だけはしてやってね、父無し児では、後々、可哀相だからね」
「然し・・・」
「子供が大きくなったら、あなたの父は遠い日出ずる東の国に居るわ、って教えるの」
「・・・・・」
「良いの。最愛のシンイチの子供を私が独り占めするの、これは私の宝物よ。それが私の幸せなの。私はウジウジしないの、もう決めたの。だから、この話はこれでお終いよ」
キャサリンの態度は潔く小気味良かった。
慎一は答えようも無く、唯、彼女の貌をじっと見詰め続けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み