第110話 「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」

文字数 877文字

 東京から帰って以降、香織の中で何かが少しずつ変わり始めた。相変わらずジーンズのジャケットにロングスカートという伊出達は変わらなかったが、頭の中の意識や胸の中の思いが変わって行くのが自分でも解った。
ビリギャルだって猛勉強して東京の有名大学に受かったんだ、私にだって出来ない訳じゃ無い・・・
 或る日、授業が終わると直ぐに、彼女は聡亮を何日かの市営公園へ誘い出した。
「ねえ、あたしに勉強を教えてくんない?」
「えっ?」
聡亮は学年全体で上位五本の指に入る秀才となり、国立大学を目指して受験勉強に明け暮れていた。
「何を言っているんだ?急に・・・」
「勉強するのよ、あたしも」
「どうしたんだ?また」
「勿論、大学へ入る為よ、あんたと同じように、さ」
「本気で言っているのか?・・・真実にマジか?」
「本気だったら、教えてくれるのか?」
聡亮はまじまじと香織の顔を凝視した。香織も聡亮に負けず劣らずの強い視線で彼を見返した。
「よし、分った。本気でやるんなら、俺で良けりゃ、出来る限りの協力はするよ」
「出来る限りじゃなく、とことん最大限、力を貸してよ、ねぇ!」
「中間テストや期末試験と違って、受験勉強は一夜漬けでは駄目だぞ、良いな!」
「うん、解かっている」
 その日から聡亮との二人三脚による香織の猛勉強が始まった。
「一日二十四時間、皆、平等だが、活かすも殺すも本人次第だ。睡眠時間は一日四時間、それ以外は、食事をする時もトイレに入っている時も入浴中も、受験のことだけを考えろ。皆、そうやって挑んでいるんだ。なまじっかなことでは大学へ現役で入るなんて出来ないんだからな!」
「あんた、やっぱり秀才ね。頭が良いだけじゃなく、覚悟も決心も相当なもんだわ」
香織は改めて聡亮を見直す貌で彼を見やった。
「長い人生の中で、一年や二年の間、唯ひたすらに全身全霊、今在る眼の前のことに自分の全てを賭して挑み続ける、そんな時間があっても良いと思うよ。それはきっとその先に生きて行く為のバックボーンを俺たちの心と躰に根付けてくれると思う」
頷きながら香織は、差すようなきつい眼差しで、燃える夕空を見上げた。
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