第5話 「来年の春、高校を卒業したら私を此処で雇って下さい」

文字数 759文字

 遼子は夏休みが終わる真際に再び「佐古美容室 」を訪れた。
「来年の春、高校を卒業したら私を此処で雇って下さい、お願いします」
「どうしたのよ、一体?」
「私、美容師に成りたいんです。此処で働かせて頂いて、夜は美容学校に通いたいんです、お願いします。私は親が居ないことで、蔑まれたり虐められたり憐れまれたり、惨めな嫌な哀しい思いでこれまで生きて来ました。でも、先日、母の話を聴かせて頂いて、少し心が解けたんです。そして、私も母と同じように、否、母が成り得なかった美容師に自分が成りたいと心の底から思ったんです」
うん、うん、と遼子の話を頷きながら聴いていた花絵先生が表情を緩めた。
「解かった、あなたの身柄は私が預かってあげるわ。此処で内弟子として働いて、夜は美容学校へ通いなさい」
「えっ!真実ですか?真実に良いんですか?」
「でもねぇ、内弟子とかアシスタントと言ったって、言葉は格好良いけど、実際は雑用係よ。店の掃除、備品の買出し、道具の準備、シャンプーなどなど、三年間くらいはかかるわよ。覚悟は出来る?」
「はい!是非やらせて下さい!お願いします」
遼子は満面に笑みを浮かべて何度も頭を下げた。
「あなた、卒業したら住む処もお金も無いんでしょう。一年目の学費は私が立替えてあげるから、二年目からは自分で払うのよ、良いわね」
「はい、有難うございます、宜しくお願い致します」
帰り際に花絵先生が言った。
「学校が始まったら、土日にアルバイトに来ても良いわよ。雰囲気に慣れるだけでも早い方が良いだろうからね」
遼子はまた何度も何度もお礼の言葉を述べて頭を下げた。
花絵先生に見送られて店を出た遼子の足はその心を映すかのように軽やかだった。彼女は物心ついて初めて人生に希望と言うものを見出した気がした。遼子は顔を挙げ、真直ぐ前を向いて歩いて行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み