第11話 中学を卒業した時、淳一は明菜から告別の手紙を受け取った

文字数 1,347文字

 それから、明菜は毎日、学校が終わった後、病室にやって来た。授業のこと、クラスのこと、友達のこと、その他いろんな出来事を面白可笑しく淳一に話して聞かせた。
明菜が花を活けてくれた翌日には、淳一は母親に揶揄われた。
「まあ、綺麗なお花だこと、誰が活けてくれたの?」
「うん、クラスの友達だよ」
「へ~え、ガールフレンドが居るの?」
「そんなんじゃないよ」
淳一は大いに照れたが、心は浮き立って軽かった。
 一週間はあっと言う間に過ぎた。
月曜日の夕刻にやって来た明菜に淳一が名残惜し気に言った。
「今日、抜糸した。一晩様子を見て、明日の朝、退院する。だから、もう来てくれなくて良いよ」
「そう、良かったじゃない。おめでとう!」
「ああ、有難う」
「で、学校へは直ぐに来れるの?」
「いや。一週間ほど自宅で静養して、来週からになるな、授業への出席は」
退院して自宅に戻った淳一を明菜が毎日訊ねて来た。
明菜は淳一が休んでいる間の授業の進捗状況を伝え、自分が録ったノートを見せた。淳一は教科書にチェックを入れ、ノートを写させて貰った。
 淳一が入院してからの二週間、二人は親しく仲睦まじく愉しく過ごした。淳一にとっては将に珠玉の二週間だった。
 だが、躰の癒えた淳一が登校すると、明菜の態度がよそよそしかった。淳一の顔など見たくもない、という態度で、プイと横を向いた。何度、彼女の顔を窺ってみても同じだった。淳一には明菜の変化が訝しかった。淳一は彼女と話したかったが、学校では無理だった。
 こんなこともあった。朝の通学バスで淳一の姿を見つけると、明菜はラッシュで混雑する乗客を掻き分けて彼の横にやって来た。
「おはようッス!」
淳一は驚いて眼を見張った。
「どうかした?」
返答に窮した淳一は見ていた単語カードに眼を戻した。
「テスト済んだばかりじゃないの。流石に違うわね、秀才は。朝からもう勉強しているんだ」
そう言って彼を揶揄った。
「久し振りだから少し話をしようよ、ね」
淳一は返事をする代わりに、じい~っと明菜の顔をしげしげと見返した。
だが、学校では、彼女は淳一に近づかなかった。見向きもしなかった。淳一には訳が判らなかった。

 中学を卒業した時、淳一は明菜から告別の手紙を受け取った。
「紅き花の咲き行く如く情熱を燃やした日よ。去り行きし日の慕わしさ、あなたと共に在りせばこそ。三年一組のホープ、池田淳一さん、いつまでもお元気でね。私を悲しい時、思い出して下さいね、そして、闘って!さようなら!さようなら!別れ行く今宵よ、星はせめて耀け、やさしくまた逢う日はいつ、我知らず、せめて捧げん。あなたの御健康とご幸福をお祈りします。原口明菜」
これは単なる惜別の手紙ではない。俺への愛のメッセージだ!・・・
飛び上がらんばかりに喜んだ淳一は直ぐに彼女の家を訪ねた、手籠一杯にチョコレートや菓子を詰め込んで・・・スキップしながら・・・。
だが、彼女は居なかった。父親の転勤で数日前に大阪へ一家で引っ越して行ったと言う。何処へ行ったのか、誰も知らなかった。淳一は泣いた。近くの河原へ降りて声を限りに彼女の名前を呼んだ。声は虚しく川の流れに消えて行った。零れ落ちる涙が沈み行く夕陽にきらきらと光った。淳一は初恋を無くしたが、彼女の面影は彼の胸に焼き付いて残った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み