第21話 職場にも雅美に思いを寄せている男は居た

文字数 839文字

 毎日の職場にも雅美に思いを寄せている男は居た。藤井裕一と言う三歳年上の同僚だった。
或る晩、五人連れで飲みに出かけたのが、いつの間にか三人になっていた。
「なあ、俺と寝に行こう、こんな奴は放っといて、さ」
雅美に言った後、森本が藤井に向き直って訊ねた。
「おい、良いだろう?俺がこの子と寝てもさぁ」
「何でそんなことを僕に聞くんです?それはこの人の問題ですよ」
森本が雅美に言った。
「ほら、見ろ。寝ても良いって言っているぞ、こいつ。こいつは君に惚れてなんかいない、唯の友達だとさ。惚れて居りゃ腕づくだって邪魔する筈だからな」
「僕は良いなんて言っていません。それはこの人の自由だって言っただけです」
「自由だって言うのは、良いってことじゃないか、大学出ていてそんなことも解らないのか?大体お前、いつまでグタグタへばり付いているんだ?他の連中は気を利かせてサッサと消えたぞ」
「僕は何もへばりついてなんか居ません。この人と飲んで居るだけです」
「それで、あわ良くば、と狙っているんだろう?」
「あなたはそういう風にしか考えられないんですか?僕はこの人と飲んで居るのが楽しいから飲んで居るんです」
「これだから今どきの若い連中は嫌やなんだ。おい、お手々繋いで飯事をするお子様タイムはとうに過ぎたぞ。もう大人の時間だ。お前なんか早く帰れ!終電車が行ってしまえば、後はホテルにしけ込むしかないんだ。脛齧りの学生じゃあるまいし、深夜に男同士で顔突き合わせて、ウオッカ舐めるなんて、俺は真っ平だからな」
「帰りますよ、言われなくったって」
藤井は立ち上がって雅美に言った。
「君も帰るだろう?」
だが、何故か雅美は、その時、立ち上がらなかった。
「私、もう少し飲んで行くわ」
藤井のきつい視線が雅美を射抜いた。彼は何も言わず、殆ど絶望したかのように顔を逸らせた。
「あなたなんか死んで終えば良いんだ・・・」
藤井は森本の背に唾を吐き捨てるようにそう言って、扉を押して帰って行った。
森本はその後、続けて二、三杯、コップ酒を飲んだ。
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