第116話 「正ちゃん、また骨を呉れる?」 

文字数 1,149文字

 二ヶ月が経った十二月の初めだった。
正一が病室に入って行くと奈津美がしくしく泣いていた。もう大分前から泣いていたらしく、眼元が腫れていた。
「また手術をしなければいけないんだって・・・正ちゃん、また骨を呉れる?」
「そりゃ良いけど・・・でも、どうして失敗したんだ?・・・俺、医者に訊いて来る!」
正一が看護師詰所へ行くと、医師は、昨日、ギブスを解いて撮った奈津美のレントゲン写真を蛍光板に掲げて説明した。
「骨がくっ付く為には、周りの筋肉や皮膚が健康でなければ駄目なんです。血の巡りが良く、どんどん栄養が行き渡る状態だと治りやすいんですが、井田さんの場合、初めから皮膚も肉も抉られていて在りませんし、長い間に、周りの筋肉もすっかり弱っています」 
「じゃ、この前移植した骨はどうなったんですか?」
「一部は化膿して押し出され、一部は残っては居ますが、白くなって死んでいるんです」
正一が二度目の手術を受けたのはその翌日の昼前だった。
前回と同じように、午前中に正一が手術を受け、午後からは奈津美が受けた。
「何度も骨を採り上げて、真実に、ご免・・・」
「そんなこと、俺はちっとも構わないけど、速く良くなってくれよ、な」
「正ちゃんがそう言ってくれるのは有難いけど、何だか、今度も駄目なんじゃないかって、凄く不安なの」
前回の手術に期待して居ただけに、今度は、奈津美は自信が無さそうだった。
「一昨日、ギブスを外されたのを見たけど、お婆さんの脚みたいに細く皺だらけで、剥げた皮膚が鱗みたいにくっ付いていて、触るとぼろぼろ落ちたの」
二度の手術の失敗と半年に及ぶ闘病生活が奈津美をすっかり弱気にさせていた。正直のところ、正一も些か疲れて来ていた。初めの頃は毎日仕事の帰りに病院へ駆けつけたが、最近は少し億劫であった。奈津美への愛は変わらないが、一日くらい行かなくても良いだろう、という気持も湧いて来ている。然し、どうして来てくれなかったの?と奈津美に訊ねられると、ついつい彼女が可哀相になって、優しい言葉をかけることになる。
「植える骨は幾らでも有るんだから、最後まで頑張ろう、な」
「本当に幾らでも呉れるの?」
「当り前じゃないか」
自分の骨を削り取って奈津美の脚に植えるのが彼女への愛の証だ、と正一は心底そう思った。
 二度目の骨の移植は上手く行ったようだった。レントゲン写真で見ると、前回よりもがっちりと骨が入っているように見えた。
 二度の手術で正一の骨盤の前の突っ張りは両方とも無くなった。裸で鏡の前に立つと、下腹の左右に同じ傷跡があり、突き出た骨の部分が無くなって平たくなっていた。鏡に映ったウエストの下が頼りなくなった自分の裸を見ながら、正一は、三度も手術をして苦しんでいる奈津美を守ってやるのが男の務めだ、と改めて強く思った。
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