第89話 「最近よく聞かれるんだよ、子供は未だかって・・・」

文字数 588文字

「どこか身体の具合でも悪いのか?」
「・・・ううん、別に」
「そうか。最近何だか元気が無いようだが・・・」
由紀江は眼を上げられなかった。
「何か心配事があるのなら話してくれよ。体調が悪いのなら医者にも行かないと、な。顔色も良くないし、憂鬱そうだから一寸心配なんだよ」
「ほんとうに大丈夫、何とも無いわ」
「そうか、それなら良いが」
そして、隆史が呟くように言った。
「男には良く解からんからな。最近、会社の上司や先輩によく訊かれるんだよ、そろそろ子供は未だかって・・・それで、若しかしたらと思って気になっていたんだが・・・」
「まあ、そんなこと・・・」
由紀江はドキリと胸を打たれた。
「今日は又、沢本がやって来る日だ。ご苦労だが宜しく頼むよ」
そう言って、照れたような微笑いを浮かべ、隆史は椅子から立ち上がった。その後姿を見送りながら由紀江は、顔が火照って赤くなるのを感じた。
このところ続いていた煩悶で忘れていたが、由紀江の身体はもう二月余りも月のものが無かった。若しやという気もしたし、又一方では、まさかという気もしていた。それが今、隆史の口から言われて、由紀江は揺り上げられたような感動と共に、そうだ!と確信みたいなものを直感した。
隆史の言葉には明らかに期待する響きがあった。二人の夫婦としての繋がりが彼の心の思いを微妙に由紀江に伝えたのである。そして、その気持が由紀江を揺り上げたのである。
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