第63話 「アイシテル、私の命」

文字数 901文字

 だが、二人の結婚式は白豪主義の洗礼を浴びて一悶着あった。
式を予定していた教会から、挙式二日前になって唐突に告げられた。
「君たちの式は執り行えない」
「えっ、どうしてですか?」
「何故ですか?」
驚いた二人は急き込んで理由を尋ねた。
牧師は苦渋に満ちた表情を浮かべ、澱みながら言った。
「それは・・・君たちが白人で無いからだ」
「そんな馬鹿な!・・・もっと詳しく解るように説明して下さい!」
一部の信徒が、白人で無い者が教会を使うことに難色を示して、牧師を脅したと言う。
「もし二人を挙式させれば、投票であんたをこの教会から追い出してやるぞ!」
信徒は殆どが白人で、教会が設立されて以来、白人でない有色人種の結婚式は行われたことが無かった。人々は表面的には人種に寛容だったが、然し、有色人種に対して教会堂や公共施設などの利用を白人と分離して制限していた。
「牧師は僕たちの為に立ち上がらなかったし、他の信徒も、知っていても立ち上がってはくれなかった」
「そうよ。皆、自分たちをキリスト教徒と信じているようだけど、彼等は決して信徒なんかじゃないわ」
二人の怒りは収まらなかった。
二人は結局、式場を他の教会に変更して、結婚式を挙げざるを得なかった。
結婚式を挙げたエラは「エラ・オオシマ」になった。彼女は二十四歳、真珠のネックレスは大島からのプレゼントだった。
白人のように荒々しくない日本人との結婚を母親が心から喜んでくれた。
 
 エラと大島の会話は英語だったが、大島が呟く「アイシテル」だけは日本語だった。
彼は毎日一回エラに囁いた。
「アイシテル」
エラが訊ねた。
「アイシテル、ってどういう意味?」
「アイ・ラブ・ユウの日本語フレーズだよ」
「まあ、良いわね、最高!」
エラは手放しで嬉しがった。
それからエラも事有る毎に大島に言った。
「アイシテル」
二人は何でも話し合って互いを理解し合おうと努めた。
「人生は限られている。言い争いや喧嘩で時間を無駄にしている暇はないさ」
だが、陰口が彼方此方から聞こえて来た。周囲の目は厳しく、エラだけが一緒に寄り添い、見守って、彼を力づけた。そして、いつからか、エラは大島のことを「私の命」と呼ぶようになった。
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