賢者の愚行  このお話を書く切っ掛けになった短文(文字数制限有、1000文字)

文字数 947文字

「ありがとうございました」
やっとこれで午前中の営業時間、終了。
休憩の札をドアに掛け、いつもの食堂に向かう。

私は、もう千年以上も前から王宮の奥で賢者として国王の相談役をしていた。
20年前から直接誰とも会うことはせず、ずっとある研究をしていて、先日完成した。私の身体は、ついに年数と主に老い死ねるようになったのだ。
今、王宮の奥には賢者の石がある。私の魔力の大半を費やして創った代替品だ。
私は今、20代前半の青年でマジックショップの店主をしている。
食堂に着いて、日替わり定食を頼んだ。
「あいよ。ご飯、大盛りにしとくよ」
「あ…いや。程々に」
「何言ってんだい。男がそんな細っこい身体でどうするんだい」
豪快に笑いながら、バンバンたたく。
ここは肝っ玉母ちゃんのような彼女が、一人で切り盛りしている大人気の食堂だ。

「なんだとぉ~。もう一度言いやがれ」
「おうっ。何度でも言ってやる」
ガタンと立ち上がって屈強の男達がケンカを始めた。片方は剣に手をかけている。もう少しして常連の客達が来てたら難なく収まるケンカのはずだった。
「ケンカは、外でやっとくれ」
「うるせ~。ばばぁ~」
止めに入った彼女に斬りかかった。
私は、彼女をとっさにかばい斬られてその場に倒れた。血がどくどく流れ出ているのが分かる。ケンカしてた奴らは逃げたようだ。
「あんた…なんで」
真っ青な顔で、私を抱きかかえてくれる。血で汚れるというのに。
20年前、気まぐれで街に降りた時、まだ若かった彼女に出会った。常識を知らない私に親切に色々教えてくれた。ふと触れた時、先読みの力で彼女の運命を知った。運命回避の研究を重ねこの方法しかない事を悟った。

ああ…そんなに泣かなくて良いのに。涙に濡れる彼女の頬に最後の力を振り絞って手を添えた。口の中で、短い呪文を唱える。ここで死ぬ運命だった彼女と私の運命を入れ替えるために。
生まれて初めて、人を愛しいと思った。
彼女がここで死ぬと分かった時の恐怖は計り知れない。
だから、良いのだ。忘れられても…。

次の瞬間、魔力が無くなり長年使った身体は、大量に流した血と共に塵となり消え失せた。
彼女は、何も無かったかのように忙しくなるであろう日常に戻っていく。

それで良いのだ。それで……。


注)2019年 07月06日 投稿時のままの文です。
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