リリー嬢と一緒に逃げた男の話 1
文字数 1,893文字
幼い時の記憶は定かでは無い。
ただ、いつもお腹がすいて下町の露天で盗みばかり働いてた。
その日も、盗んだ蒸かし饅頭を持って逃げていた。多分、俺たちが入っちゃいけない……上流階級の人間の生活エリアに入っちまったんだと思う。
もう、店主も追いかけて来なかった。
その代わり、いきなり上等な使用人服を着た男に殴られた。
「貴様! ここをどこだと思っている。お嬢様にそんな汚いなりを見せやがって」
そういえば、その男の後ろに見たことも無い綺麗なドレスを着たお姫様がいる。
じゃ、さしずめ今俺を殴ってるこの男は、お姫様の従者か。
「やめなさい。やめて! 乱暴なことしないで」
泣きながら、ドレスが汚れてしまうのも気にせず。その小さなお姫様は、俺と男の間に割って入った。
そうして、両手をいっぱいいっぱいに広げて俺を庇う。
「しかし、リリーお嬢様。そいつは盗みを働いて、逃げてこのエリアに入っていたのですよ」
「それでも、殴って良いことにはならないわ。まだ、ほんの子どもじゃない」
お姫様に、そう言われた男はそれ以上口答えしなかった。
「あなた。もし、あなた? 大丈夫ですか?」
従者の男に何度も殴られ、倒れている俺に必死で声をかけてくる。
正直、大丈夫では無かったが。その小さくて綺麗な手で触られたところから、痛みが消えていく気がしていた。
「大丈夫だ。お姫様」
俺が思ったとおりのことを言うと、お姫様は顔を真っ赤にして慌てて言う。
「お……お姫様って、あなた不敬だわ。王族でも無い私に……」
俺はキョトンとしてしまった。お姫様とは、言ってはいけないらしい。
まぁ、いいか。どうせ、姫さんの気まぐれだ。もう二度と会うこともない。
持っていた蒸かし饅頭も泥だらけだけど、食べれないことはないし、今日の収穫としては充分だ。
そう思って、立ち去ろうとした。
「あなた、名前は? 住むところはちゃんとあるの?」
姫さんが、立ち去ろうとしていた俺にいきなり声をかけてきた。
「リリーお嬢様。いけません」
従者は慌てて止めている。
それはそうだろう、貴族の箱入り娘を俺みたいな、見るからに浮浪児に関わらせたとなると、お屋敷のご当主様から大目玉を食らうに違いない。
「姫さん。俺みたいなのに関わるとろくな事無いぜ」
「子どものくせに、そんなセリフ10年早いわ。住むところがないなら、うちにいらっしゃい」
ぷんって感じで、俺に言ってくる。いや、姫さんの方がはるかに幼く見えるのだが……。
「子どもって……姫さんいくつだ?」
「もう7歳よ。立派なレディーだわ」
いや、仁王立ちでそんなどや顔されても。
「俺は、今年で12くらいだと思うんだが……」
「なによ。自分の歳が分からないの?」
「気が付いたら、こんな生活してたもんでな。下町にゃ俺みたいなの山ほどいるぜ。いちいち、救っていたらきりないだろ?」
「でも、あなたは私の目の前にいるわ。だから、いらっしゃい」
強引だと思った。強引で、何でも自分の思い通りになると信じている姫。だが、悪くない。
「しゃーない。拾われてやるよ、姫さん」
「だから、不敬だって言ってるでしょ?」
呆れたように、姫は笑う。
だけど、その時の俺は何も知らなかったんだ。貴族のお嬢様が、何一つ自分の思い通りにならない。もっとも、不自由を強いられる存在だったなんて。
俺は、貴族の……すごくでかいお屋敷に連れて来られていた。
連れて来られてすぐにされたことは、バスタブにつけ込まれて全身を使用人の男達にガシガシ洗われていたことだ。
最初、侍女達がやって来てたのだが、俺にも羞恥心というものがあってだな。
脱がされそうになったときに、全力で抵抗したらこうなった。
俺から見れば上等な使用人服を着せられ……12歳はやっぱり子どもらしく、見習いという形で教育を受けた。
名前は、ハンス・マクレガーという名前を貰った。
もう俺は庶民ですら無くなったらしい。ハーボルト王国では、庶民にファミリーネームは付けられないから。
マクレガー男爵家の養子になったんだ。
ハンスという名は、リリーお嬢様が付けたものだ。なんか、物語に出てくる王子様の名前らしい。
教育を受けて、俺はようやく、自分が連れて来られたお屋敷と自分の境遇が理解出来た。
俺を拾ってくれたのは、ブライアント伯爵家ご令嬢、リリー・ブライアント様で、俺はリリーお嬢様の従者兼護衛役として教育されていたのだと。
無学の庶民のままでは、王宮の入り口にすら入れない。だから、便宜上、男爵家の養子にするしかなかった。
ただ、マクレガー男爵夫人は、俺を本当の息子のように扱ってくれたのだけど。
ただ、いつもお腹がすいて下町の露天で盗みばかり働いてた。
その日も、盗んだ蒸かし饅頭を持って逃げていた。多分、俺たちが入っちゃいけない……上流階級の人間の生活エリアに入っちまったんだと思う。
もう、店主も追いかけて来なかった。
その代わり、いきなり上等な使用人服を着た男に殴られた。
「貴様! ここをどこだと思っている。お嬢様にそんな汚いなりを見せやがって」
そういえば、その男の後ろに見たことも無い綺麗なドレスを着たお姫様がいる。
じゃ、さしずめ今俺を殴ってるこの男は、お姫様の従者か。
「やめなさい。やめて! 乱暴なことしないで」
泣きながら、ドレスが汚れてしまうのも気にせず。その小さなお姫様は、俺と男の間に割って入った。
そうして、両手をいっぱいいっぱいに広げて俺を庇う。
「しかし、リリーお嬢様。そいつは盗みを働いて、逃げてこのエリアに入っていたのですよ」
「それでも、殴って良いことにはならないわ。まだ、ほんの子どもじゃない」
お姫様に、そう言われた男はそれ以上口答えしなかった。
「あなた。もし、あなた? 大丈夫ですか?」
従者の男に何度も殴られ、倒れている俺に必死で声をかけてくる。
正直、大丈夫では無かったが。その小さくて綺麗な手で触られたところから、痛みが消えていく気がしていた。
「大丈夫だ。お姫様」
俺が思ったとおりのことを言うと、お姫様は顔を真っ赤にして慌てて言う。
「お……お姫様って、あなた不敬だわ。王族でも無い私に……」
俺はキョトンとしてしまった。お姫様とは、言ってはいけないらしい。
まぁ、いいか。どうせ、姫さんの気まぐれだ。もう二度と会うこともない。
持っていた蒸かし饅頭も泥だらけだけど、食べれないことはないし、今日の収穫としては充分だ。
そう思って、立ち去ろうとした。
「あなた、名前は? 住むところはちゃんとあるの?」
姫さんが、立ち去ろうとしていた俺にいきなり声をかけてきた。
「リリーお嬢様。いけません」
従者は慌てて止めている。
それはそうだろう、貴族の箱入り娘を俺みたいな、見るからに浮浪児に関わらせたとなると、お屋敷のご当主様から大目玉を食らうに違いない。
「姫さん。俺みたいなのに関わるとろくな事無いぜ」
「子どものくせに、そんなセリフ10年早いわ。住むところがないなら、うちにいらっしゃい」
ぷんって感じで、俺に言ってくる。いや、姫さんの方がはるかに幼く見えるのだが……。
「子どもって……姫さんいくつだ?」
「もう7歳よ。立派なレディーだわ」
いや、仁王立ちでそんなどや顔されても。
「俺は、今年で12くらいだと思うんだが……」
「なによ。自分の歳が分からないの?」
「気が付いたら、こんな生活してたもんでな。下町にゃ俺みたいなの山ほどいるぜ。いちいち、救っていたらきりないだろ?」
「でも、あなたは私の目の前にいるわ。だから、いらっしゃい」
強引だと思った。強引で、何でも自分の思い通りになると信じている姫。だが、悪くない。
「しゃーない。拾われてやるよ、姫さん」
「だから、不敬だって言ってるでしょ?」
呆れたように、姫は笑う。
だけど、その時の俺は何も知らなかったんだ。貴族のお嬢様が、何一つ自分の思い通りにならない。もっとも、不自由を強いられる存在だったなんて。
俺は、貴族の……すごくでかいお屋敷に連れて来られていた。
連れて来られてすぐにされたことは、バスタブにつけ込まれて全身を使用人の男達にガシガシ洗われていたことだ。
最初、侍女達がやって来てたのだが、俺にも羞恥心というものがあってだな。
脱がされそうになったときに、全力で抵抗したらこうなった。
俺から見れば上等な使用人服を着せられ……12歳はやっぱり子どもらしく、見習いという形で教育を受けた。
名前は、ハンス・マクレガーという名前を貰った。
もう俺は庶民ですら無くなったらしい。ハーボルト王国では、庶民にファミリーネームは付けられないから。
マクレガー男爵家の養子になったんだ。
ハンスという名は、リリーお嬢様が付けたものだ。なんか、物語に出てくる王子様の名前らしい。
教育を受けて、俺はようやく、自分が連れて来られたお屋敷と自分の境遇が理解出来た。
俺を拾ってくれたのは、ブライアント伯爵家ご令嬢、リリー・ブライアント様で、俺はリリーお嬢様の従者兼護衛役として教育されていたのだと。
無学の庶民のままでは、王宮の入り口にすら入れない。だから、便宜上、男爵家の養子にするしかなかった。
ただ、マクレガー男爵夫人は、俺を本当の息子のように扱ってくれたのだけど。