第4話 ジョンからの忠告
文字数 2,236文字
エマは、楽しそうに働いている。
時にはイヤな客もいるだろうに、いつも笑顔だ。
確かに、机に向かって勉強するよりは、向いているのだろうが。
将来的には、何の保証もない客商売だ。
「はい、クリス。日替わり定食」
目の前に、定食を置いてくれる手も、少し荒れている。
(ほんの少し頑張れば、こんな生活から抜け出せるのに……)
そんなことを考えてる矢先に、目の前に影が出来た。
「よう、兄ちゃん。一緒に良いかい」
いつぞやの露天の店主が声をかけてくる。
別に、誰か来る予定も無いし、店も忙しくなる時間だ。相席を断る理由も無いので、クリスは、「どうぞ」と促した。
エマが注文を取りに来る。
「珍しいね。相席かい?」
露天の店主に訊いている。
「ああ。もうすぐ混み合うだろう? 一人でテーブル陣取るのも悪いからな」
店主も気さくに笑って答えた。
「そう? おっちゃんなら、誰かしらやってくるだろうに、まぁいいや。クリスのこといじめないでよ」
まるで、クリスの保護者みたいなことを、エマは言う。
ガハハと露天の店主が笑って「しねーよ。そんなこと」なんて返してた。
その様子に、クリスもつい笑ってしまう。
こんな少女に庇われる日が来ようとは……ね。
「お前、クリスってのか。俺はジョンってんだ。ビール飲めるか?」
「ああ。多分」
(飲んだことないけど)
「多分……って、まぁいいや。こっちに生2つ」
「あいよ」
エマが元気に答えて持ってきてくれる。
「クリス、飲めんの?」
エマまで、訊いてくる。
この国、飲酒年齢制限は、無かったと思っていたけど。
「ああ」
とりあえず、クリスはビールを飲んでみる。独特の苦みはあるが、美味しい。
悪くは無いなと、クリスは思った。
「お前……クリスだっけ。エマをどうしたいんだ?」
ジョンが、唐突だけど、ちょっと真剣な顔で訊いてくる。
「どう……って?」
「エマも、本人は子どものつもりでいるけど。そろそろ、将来を考える時期だろう。学校も今年で卒業だし。あんたも、上の学校、薦めてたじゃないか」
「ああ。聞いてたんだ」
「悪いな聞こえてきたんだ」
ちっとも悪いと思ってない風に、ジョンが言ってきた。
もう、さっきの真剣な顔でなく、いつもの気の良い店主の顔になっている。
「かまわないさ。別に秘密の話をしてたわけじゃない」
何でも無いって顔で、クリスも言う。
本当に、誰に聞かれてもかまわない、何でも無い話だ。
「見たら分かると思うけど、エマの家は父親がいない。経済的にも、心情的にも、上の学校に行く余裕はない、ってことは分かるよな」
ジョンは、少し子どもを諭す感じの口調になっている。
まぁ、実際、クリスの姿は、十代後半くらいにしか見えないからな。
「母親に縛られることは無いと思うが? ここからだって十分に通える範囲にも学校はあるし、母親が困ることもなかろう。薦めた以上、推薦状は書くつもりだし、お金もこちらで援助するさ」
言いながら、クリスは思い出す。
「……と言っても、その手の好意は受け取って貰えないんだろうな」
そういえば、そうだったとクリスは思う。エマは、人に頼ることを極端に嫌う。
自分は損してでも人に親切にするのに。
(なんで、あんなに頑ななんだ)
「母親が、昔な。優しい顔して近づいてきた男に、こっぴどく騙されて、ぼろ雑巾のように捨てられたのを見てるからな。幼いながらにトラウマになっているんだろうよ」
その話に、クリスは少し驚いた顔をして、やがて納得したような顔になった。
(……なるほどな。それで、あの態度)
目の前のジョンは、少し切なそうな顔になっている。
「ジョンは父親代わりか?」
「そんなたいそうなもんじゃないさ。ただなぁ、もう泣いて欲しくなくてな」
ああ、母親の方に……か。そうだな。何もなく、学校の費用まで出すといえば、そういう心配も出てくるか。
クリスにとっては大したものでなくても、庶民とっては上級学校の推薦及び学費の援助なんて、それこそどこの貴族に見染められたのだろうという話になる。
娘も騙されているのではないかと、思っても不思議はない。
「私も、そう思うよ。上の学校を薦めたのは、少しでも生きるための選択肢が増えた方が良いと思っただけだ。他意はない」
「本当に……か?」
ジョンに怪訝そうな顔をされた。
(疑い深いな)
「本当だよ。エマになりたいものが出来たら、上の学校に行ったら良いと」
「そんじゃ、少し距離をとっちゃくれないかな」
「言っている意味が分からないが」
(いや、本当にわからない)
「このままお前が側にいたら、エマが勘違いしてしまう」
「勘違い? 何を?」
「クリスがエマのことを好きなんじゃないかって。周りも、あんたを彼氏だと思っているしな。自分の方に引き寄せるために、上の学校を薦めてるようにも見えるからな」
なんでも無い世間話のように、ジョンは、夕食を食べながら言っている。
世間話にかこつけて、釘を刺されているんだろうな、これは。
「なるほど……そんな風にみえたか」
(忘れてた、人間にそんな感情があることを……。これは、油断してたな。王宮内や、貴族が周りに居るときはやらないミスだ。周りや噂を気にしなかった)
「エマには感謝している。何も知らない私に、色々なことを教えてくれて、ここで生きていけるようにしてくれた。少しでも、恩を返したいだけだ」
何をしているのだろうな、本当に。とクリスは思う。
エマを自分の側には連れて行けないと、今さらながら思い知らされるとは。
時にはイヤな客もいるだろうに、いつも笑顔だ。
確かに、机に向かって勉強するよりは、向いているのだろうが。
将来的には、何の保証もない客商売だ。
「はい、クリス。日替わり定食」
目の前に、定食を置いてくれる手も、少し荒れている。
(ほんの少し頑張れば、こんな生活から抜け出せるのに……)
そんなことを考えてる矢先に、目の前に影が出来た。
「よう、兄ちゃん。一緒に良いかい」
いつぞやの露天の店主が声をかけてくる。
別に、誰か来る予定も無いし、店も忙しくなる時間だ。相席を断る理由も無いので、クリスは、「どうぞ」と促した。
エマが注文を取りに来る。
「珍しいね。相席かい?」
露天の店主に訊いている。
「ああ。もうすぐ混み合うだろう? 一人でテーブル陣取るのも悪いからな」
店主も気さくに笑って答えた。
「そう? おっちゃんなら、誰かしらやってくるだろうに、まぁいいや。クリスのこといじめないでよ」
まるで、クリスの保護者みたいなことを、エマは言う。
ガハハと露天の店主が笑って「しねーよ。そんなこと」なんて返してた。
その様子に、クリスもつい笑ってしまう。
こんな少女に庇われる日が来ようとは……ね。
「お前、クリスってのか。俺はジョンってんだ。ビール飲めるか?」
「ああ。多分」
(飲んだことないけど)
「多分……って、まぁいいや。こっちに生2つ」
「あいよ」
エマが元気に答えて持ってきてくれる。
「クリス、飲めんの?」
エマまで、訊いてくる。
この国、飲酒年齢制限は、無かったと思っていたけど。
「ああ」
とりあえず、クリスはビールを飲んでみる。独特の苦みはあるが、美味しい。
悪くは無いなと、クリスは思った。
「お前……クリスだっけ。エマをどうしたいんだ?」
ジョンが、唐突だけど、ちょっと真剣な顔で訊いてくる。
「どう……って?」
「エマも、本人は子どものつもりでいるけど。そろそろ、将来を考える時期だろう。学校も今年で卒業だし。あんたも、上の学校、薦めてたじゃないか」
「ああ。聞いてたんだ」
「悪いな聞こえてきたんだ」
ちっとも悪いと思ってない風に、ジョンが言ってきた。
もう、さっきの真剣な顔でなく、いつもの気の良い店主の顔になっている。
「かまわないさ。別に秘密の話をしてたわけじゃない」
何でも無いって顔で、クリスも言う。
本当に、誰に聞かれてもかまわない、何でも無い話だ。
「見たら分かると思うけど、エマの家は父親がいない。経済的にも、心情的にも、上の学校に行く余裕はない、ってことは分かるよな」
ジョンは、少し子どもを諭す感じの口調になっている。
まぁ、実際、クリスの姿は、十代後半くらいにしか見えないからな。
「母親に縛られることは無いと思うが? ここからだって十分に通える範囲にも学校はあるし、母親が困ることもなかろう。薦めた以上、推薦状は書くつもりだし、お金もこちらで援助するさ」
言いながら、クリスは思い出す。
「……と言っても、その手の好意は受け取って貰えないんだろうな」
そういえば、そうだったとクリスは思う。エマは、人に頼ることを極端に嫌う。
自分は損してでも人に親切にするのに。
(なんで、あんなに頑ななんだ)
「母親が、昔な。優しい顔して近づいてきた男に、こっぴどく騙されて、ぼろ雑巾のように捨てられたのを見てるからな。幼いながらにトラウマになっているんだろうよ」
その話に、クリスは少し驚いた顔をして、やがて納得したような顔になった。
(……なるほどな。それで、あの態度)
目の前のジョンは、少し切なそうな顔になっている。
「ジョンは父親代わりか?」
「そんなたいそうなもんじゃないさ。ただなぁ、もう泣いて欲しくなくてな」
ああ、母親の方に……か。そうだな。何もなく、学校の費用まで出すといえば、そういう心配も出てくるか。
クリスにとっては大したものでなくても、庶民とっては上級学校の推薦及び学費の援助なんて、それこそどこの貴族に見染められたのだろうという話になる。
娘も騙されているのではないかと、思っても不思議はない。
「私も、そう思うよ。上の学校を薦めたのは、少しでも生きるための選択肢が増えた方が良いと思っただけだ。他意はない」
「本当に……か?」
ジョンに怪訝そうな顔をされた。
(疑い深いな)
「本当だよ。エマになりたいものが出来たら、上の学校に行ったら良いと」
「そんじゃ、少し距離をとっちゃくれないかな」
「言っている意味が分からないが」
(いや、本当にわからない)
「このままお前が側にいたら、エマが勘違いしてしまう」
「勘違い? 何を?」
「クリスがエマのことを好きなんじゃないかって。周りも、あんたを彼氏だと思っているしな。自分の方に引き寄せるために、上の学校を薦めてるようにも見えるからな」
なんでも無い世間話のように、ジョンは、夕食を食べながら言っている。
世間話にかこつけて、釘を刺されているんだろうな、これは。
「なるほど……そんな風にみえたか」
(忘れてた、人間にそんな感情があることを……。これは、油断してたな。王宮内や、貴族が周りに居るときはやらないミスだ。周りや噂を気にしなかった)
「エマには感謝している。何も知らない私に、色々なことを教えてくれて、ここで生きていけるようにしてくれた。少しでも、恩を返したいだけだ」
何をしているのだろうな、本当に。とクリスは思う。
エマを自分の側には連れて行けないと、今さらながら思い知らされるとは。