第66話 遠い約束

文字数 1,755文字

 まばゆい光の中、私はずっとたたずんでいる。
 もう、どれだけ経ってしまったのだろう。

 色々な記憶が私の中に混在する。 
 人の魂が全ての経験をするのだと、昔、異世界の日本という国のスピリチュアル系の人が言っていた事は本当だったのだわ。

 エマだった頃の……キャロルとして生きた頃の、記憶が一番懐かしい。
 だからだろうか、十代半ばの賢者とであった頃のエマの姿になってしまっている。クリスから貰った髪飾りで髪を緩く結っていた頃の。
 キャロルの姿は、借りものだから。

 賢者と別れてから、随分と汚れてしまった魂だけど、まだあの約束は有効なのかしら……。
 そんな不安が付きまとう。

 もう少しだけ待って、来なかったら一人で溶けてしまおう。

「初めて会った時の姿で、待っていてくれたんだね」
 後ろから突然声を掛けられて、私は驚いてビクッとなってしまった。
 振り返ると、10代後半だろう青年が私を見ている。
 長身で細い体つきだ、水晶で下町を見ながら自分で錬成しただろう服装。
 顔はイケメンの部類だろう、金色の髪も短く整えられている。
 手首には、青年には似合わない色あせたリボンを巻いているが……。

「クリスだって、最初にあった時の、ひょろっこい兄ちゃんじゃない」
 私はクスクス笑って言った。来てくれたことに、ずいぶんと安心している。
「キャロルの方が良かった? 私が転生した中では一番美人だったし」
 安心感からか、ついつい軽口を言ってしまっていた。
「いいや。何なら、肝っ玉母ちゃんの姿のエマでも良かったよ」
 クリスはそう言いながら、そんな私の髪をサラッと撫でた。
「私があげた髪飾り、付けてくれているんだね」
「あなたに記憶を奪われても、これだけは大切な物だとわかっていたの」
 優しい眼差しのクリスに対して、私は少し悲しい気持ちで答えた。

「ごめんね。私は賢者だったから、君を連れてはいけなかったんだ。勝手に運命まで変えてしまって……」
「あなたは最初から理不尽な人だったから」
 それでも、好きになる気持ちを止められなかったのだから仕方が無いの。
 そして、今度は私が消えてしまう運命に付き合うという。
 クリスの、これからの幸せを願う事すら許してくれないのね。

「賢者のお役目はもう良いの?」
「ハーボルト王国は、とうの昔に民主国家に変わってしまったよ。お城も今では観光スポットだ。私の役目は、もうはるか昔に終わっているよ」
 クリスは、どこか遠くを見つめるような目で言っている。
「色々な事があったけど、過ぎてしまえば。良い事も悪い事も、懐かしい思い出だよね」
 そうね。楽しかったわ。

「本当に良いの? 私と一緒に消滅してしまっても」
 魂の寿命。
 私の魂はもう寿命だから仕方ない。
 だけど、クリスの魂の寿命はまだ長くあるはずなのだけど。
「かまわないよ。君のいない世界には何の意味もない」
 クリスったら、シレッとユウキが読んでたマンガのセリフを言っている。
 思わず、ふきだしてしまったわ。
「由有紀が読んでたマンガのセリフみたい」
 笑い出してしまった私を、クリスがゆっくり抱きしめてくれる。

「うん。だけど、永久(とわ)の眠りにつくだけだよ。その、永遠にも思える時間の果てに魂がまた再生したら、今度は夫婦になってみたいね」
「そうね。ケンカして仲直りして。子育てに苦労するクリスも見てみたい。娘に『お父さん。嫌い』とか言われたりして」
「え? 嫌われるのはイヤだなぁ。でも、そういうのも楽しいかもね。平和な国で家族仲良く暮らしたいな。普通の暮らし」
「そう……ね。普通の……」
 やだわ。もう……眠くて、意識が……。
 まだ、話していたいのに。

「エマ。眠ったの?」
 クリスの声が、どこか遠くに聞こえる。私を抱きしめる力が強くなった気がした。
 ずっと一緒に、いられたら良いのに。
「おやすみ。エマ。愛してるよ」
 最後に、聞こえたクリスの声とともに、私の意識は途切れてしまった。

 私も愛している……。
 そんな想いですら、光の中に溶けていった。

                                  おしまい


ここまで読んで頂いて、感謝しかありません。
ありがとうございました。
明日からは、乙女ゲームのヒロイン、リリーのお話です。
その後、クリス王子とロザリーの恋物語に続きます。
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