第3話 下町の格差とエマの進路

文字数 1,738文字

 近くまで行ってみると、道の様子から下町とは、変わっていた。
 いや、まだ下町の範囲なんだろう。貴族街とは程遠い質素な造りだ。
 馬車が通り、人は歩道という少し高い段の上を、歩くようになっている。
 行き交う人々の服装も、少し貴族依りのような気がした。

 先程見えた、レンガ造りの大きな建物の側まで寄って見てみると、ご婦人のドレスや紳士用のコートがディスプレイに飾られていた。
 王宮で見る程には、質は良くないようだと、クリスは思った。

 とりあえず、クリス達は二人連れだって店内に入る。
 近くにいた店員からうさんくさげに見られた。
 ひそひそと店員同士が話した後、一人の店員が店の奥に引っ込んだ。
(なるほど……エマがイヤがるわけだ)
 平和が長く続くと庶民にも格差が出てくる。
 富んでる者と貧しい者、人間はこうも差別をしたがるものか。
 そのうち責任者とみられる男が、クリスのそばまでやってきた。

「お客様。困ります、当店は……」
 クリスは、エマに見られないように身体をずらし、服の袖の下にしているブレスレットを見せた。
 王都の役人が持っている物と同じだ。
 紋章と、今はクリスと名前が刻まれている。
 これは、賢者が創った物。偽証出来ないように、持ち主以外が着けられないよう魔法がかかっている。

「し……失礼致しました」
 そのブレスレットの正体が分かったのか、店の責任者が勢いよくクリスに謝る。
「声が大きいよ。彼女に世話になった。下町でもおかしくない服を見繕ってくれ」
 クリスが言った言葉に、店の責任者が戸惑う。
「下町でも……ですか」
 会話を聞いていたエマが必死で言う。
「い……いらないよっ。とんでもない、こんな高級店。あたしなんかが着れる服なんて無いよ」
 エマは、やっぱり自分なんかが、入ってはいけない店だったんだと思って、慌てて店の外に出ようとした。
 クリスは、店員に目配せして、その行動を止めて貰う。
(一体、どうすれば良いのだろう? 金貨は、確かに失礼だと思っのだが、服もマズかったか)

 クリスは、途方に暮れていた。何をとうすれば、お礼が出来るのかわからない。
「すまない、エマ。困らせたいわけじゃ無いんだ。その……よく分からなくて……」
「別に、何かして欲しくて、助けたわけじゃないから」
 そう言って、エマは曖昧に笑った。
「そう……か。すまない」
 とりあえず、クリスは金貨を両替して銅貨3枚をエマに返す。
 そして、店内を見てまわって、エマにいつか渡そうと、こっそり髪留めを買った。




 クリスは、時々王宮を抜け出して、下町に遊びに出るようになった。
 王宮を抜け出しても、誰も気付いていないのでかまわないだろう。
 エマと一緒に行動しているおかげで、下町にも、それなりに知り合いが出来ていた。
 彼女は、誰にでも親切で……、少しお節介な所もあるけど下町の皆に好かれている。

 エマは、午前中は学校に行っていた。
 クリスを助けたのも、学校帰りに、たまたま見つけたからだ。
 午後からは、家業の大衆食堂の手伝いをしている。
 勉強の方は、好きでは無いらしい。
「だって、必要ないもん。お金の計算が出来て、読み書き出来たらそれで生活できるじゃない」
 エマの生活だったら、確かにそれで良いのかも知れない……が。
(上の学校への興味も無いのだな)
 下町の子どものほとんどが、上の学校なんかいかない。
 縁がないからか、最初から選択肢に入ってないようだった。

「エマは、何かになりたいとは思わないのか?」
 クリスはつい訊いてしまった。
 庶民でもなれる上級職は、ほとんど上の学校に行かないとなれない。
 もし、エマがこの生活から抜け出たいと思うのなら、上の学校に行く準備をしなければならない時期だろう。
「何かって……う~ん。そんなこと考えたことも無いよ。結婚するか、家業継いで……、ってとこ?」
「結婚……」
(何だ? 今、胸の奥が痛く……)
「まだまだ先の話だよ。まだ15だしね」
「それも、そうか……」
 だけど、貴族なら、もう婚約者がいる歳だとクリスは思う。

「さっ。仕事の時間だ。今日も食べてく?」
 エマが元気よくクリスに訊いてくる。
「ああ。そうだな」
 クリスも、にこやかに答え、エマと連れだって歩き出す。
 これが日常に、なってしまった。
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