第60話 悪役令嬢の気持ち

文字数 1,568文字

 最近の夜会では、ウィンゲート公爵の娘マドリーン・ウィンゲートがクラレンスに張り付いている。

 クラレンス自体は、私をエスコートして挨拶に来る人々の対応をし、ダンスを二回踊っている。
 問題はその後なの。
 お互いが、離れて行動を始めると、マドリーンがクラレンスの横にくっつくようになっていたのだ。

 今夜も、私とのダンスの後、マドリーンとクラレンスがダンスを踊っている。
 ダンスは男性側から誘うもの、という常識を破ってのマドリーンからのお誘い。
 正確に言うと、ウィンゲート公爵がうちの娘も、と言う感じで誘っているのだけど。
 ダンス中は、作法とはいえ二人ともにこやかにしている。

「クラレンス。また、浮気してるんだ。キャロル嬢も大変だな」
 ダンスをしている二人を、ボーっと見ていたら、ダグラスから声がかかった。
 浮気じゃないもん。多分……。
「お久しぶりです。ダグラス殿下」
「ごめんな。避ける感じになってしまって。大丈夫? 今、嫌がらせのオンパレードだろ?」
 この前、あんな風になってしまったのに、相変わらず兄様みたいな心配をしてくれる。
「真っ向から、ウィンゲート公爵の発言を否定するような噂、流しましたからね」
 つい笑って言ってしまった。発言自体は、私の中にいる賢者が言ったのだし。
 あれで正しかったのだと思う。

「意外と平気そうだな」
「そう見えるのなら、成功ですわね」
 私は、笑って言う。大変だけど、頑張っているかいがあるってもんだわ。
「なるほど。ならそう言う事にしておこう」
 ダグラスも、軽く言ってくれた。

「賢者様に会ったと言うのは本当か?」
 笑顔を引っ込めたダグラスが、私に訊いてくる。
「会いましたよ。ウソは吐いてません。信じてくれます?」
「キャロル嬢を信じてないなら、この質問自体成立しないな」
 少しおどけた感じで、ダグラスは言った。

「ダグラス。何、キャロルにくっついてるの?」
 クリスは相変わらず、自分の派閥の令嬢たちを引き連れている。
 事情を知っているとね。もう、引率の先生にしか見えないよ。
「二人して、クラレンスの浮気現場見てる」
 ダグラスがにこやかに答えている。令嬢(こども)たちの前では、みんな穏やかなお兄さんになるのね。
 なるほど、なるほど。


「キャロル様。あの状態を放っといて良いんですの?」
 と、シルヴィア・ムーアクロフトが私に言ってくる。
 なんだか、全員に見られてるのだけど。
 どうしようと思って、クリスを見たら知らん顔でダグラスと雑談していた。
 保護者じゃ無いの? この子たちの。

 クラレンスの方を見ると、マドリーンとまだダンスを踊っている。
 二曲目だよね。婚約者としか踊れないはずの……。何で?

「キャロル様が行かないのなら、私が注意をしてきます」
 私が動かない事にしびれを切らしたシルヴィアが二人の方に行こうとしてる。
 いや、待って。頼むから待って。
「シルヴィア様。お待ちになって」
 私は、何かのセリフみたいなことを言って、必死に腕を掴んで止めた。
 今、行かせてしまったら、シルヴィアまで狙われてしまう。
 ただでさえ、宰相の娘という事で、目を付けられそうなのに。
「だって、悔しく無いんですか? あんな光景見せられて」
 シルヴィアは、二人が踊っている方にパッと手を向ける。
 その瞬間、マドリーンが勝ち誇ったような笑みで、私を見たのが分かった。
 何? あれ? 
 頭に一気に血が上った気がした。
 分かってる。挑発されているのくらい。
 分かってるんだけどっ。挑発に乗って、文句を言いに行くのが愚かな行為ってことくらい。

 だけど、私、悪役令嬢と言われる人たちの気持ちが分かってしまった。

「シルヴィア様。わたくし、クラレンス殿下を取り返してきます」
 シルヴィアにそう言って、ダンス曲が終わって、挨拶をかわしている二人の方に向かって歩き出した。
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