第26話 もう、この世界に居たくない

文字数 2,115文字

「探しに行っては、ダメなんですよね」
 私は、半ば呆然としたままクリスに確認を取っていた。
「探すこと自体はかまわないさ。捕縛目的ならね。だけど、すでに正規の捜索隊が出ている。行く理由が無いだろう? ましてやクラレンスが動けば、逃がすためだとしか思われない」
「でも、助かるのなら助けたいです。だって、私が兄に言わなければ、捜索隊も出なかったんでしょう? 手助けしたって事は、助けるつもりだったんですよね」
 クリスは黙っている。私の事をじっと見つめて。

「周囲の思惑に流されただけの子どもだったからね。だから一度、チャンスを与えただけだよ」
 それでも、助けるつもりだったんだ。
「運が悪かったんだよ、リリーは。クラレンスに見染められて、それを大人たちに利用されて、何も知らない君が出てきて」
 クリスはハッキリ私の所為だとは言わない。言わないけど。

「私の所為だって、言えばいいのに。だって、そうでしょ? 私が言った事を消すために、クリス殿下だって夜会であんな話題出してたんだもの」
「ああ。そうだね。そう言って欲しいのならそう言うよ」
 自分で言えと言っておいて、言われたらけっこうショックだ。

「まぁ、これに懲りて考えなしの発言はしない事だね」
 最後は軽い感じでクリスは言ってくれたけど。
 なんだか。心が重い。だって、私の所為で助かるはずだった人が死んでしまう。
 心が芯から冷えてしまうような……。
 私の所為なんだ。私が……。
「だから泣くなって」
 クリスが溜息を吐いている。
「泣かれても、僕は動かないし。賢者もこれに関しては関与しないよ」

 ああ。そうだね。最初からそう言ってた。
 頼るなって……。
 私も、頑張れると思ってた。だって、ゲームやマンガのヒロインは異世界でも頑張れてた。
 だから、私も……って。

 でも、もう無理だ。

 私はもうこの世界に居たくない。
 たとえ死んでしまうとしても、魂ですら消滅してしまうとしても。
 この世界よりマシだ。

 だって、ここには誰も居ない。お母さんも、お父さんも、私の事を大切に想ってくれる人は、誰も……。
 挙句に、私の言葉一つで、人の命が亡くなってしまうなんて。

「クリス殿下。交渉してもらえますか?」
 私は、グイっと涙を拭いて笑って言う。もう、どうでも良い。
「へぇ。何かあるの? 交渉出来るもの」
「キャロルは器があれば良いのですよね」
 私がそう言うと、クリスが真顔になった。
「ああ。そうだけど」
「斎藤由有紀の魂と引き換えに、リリー様とクラレンス殿下を助けてください。私が消えたら、この器に入って賢者様もこのお城から出て、リリー様を逃がすことが出来るでしょ?」

 そして本来の場所に帰ろう。私はもう死んでしまっているのだから。

「何で? どうして、君がそこまでするんだ」
 クリスが焦っている。だけどもう知らない。
「だって、私の所為でしょう? 私がいなかったらリリー様は逃げれたのに」
 そう言ったらクリスからいきなり抱きしめられた。
「もう無理。ここで頑張るつもりだったけど。無理だもん。だって、ここには頼れる人も私を大切にしてくれる人も誰も居ないもん」
「ごめん。ごめん。僕が悪かったから」
 私はクリスの腕の中で暴れた。
「ヤダ。離してよ」
「悪かったから。消えるなんて言わないでくれ」

 フッと浮遊した感じがして、私は賢者の間に移動させられていた。相変わらず、和室になっているけど。
 クリス殿下はついて来ていないようだった。

 目の前には、賢者の方のクリス。
 クリス殿下と違って、ふんわり抱きしめていた。
「ごめんね。無理をさせて。だから考え直してくれないかな」
「無理だもん。もう頑張れない」
 私は、ずっと泣き続けている。
 そんな私の背中をクリスはずっと撫でていてくれる。お母さんみたいに。
 なんだか、だんだん眠くなってしまう。

「少し、落ち着いたかな。何か飲む? 何でも出せるよ」
 クリスは、機嫌を取る様に言ってくるけど。
 私は首を横に振った。だって、こんな気分で口に何か入れようとは思わない。
「そう」
「さっきの交渉は……」
「そんな交渉しなくて良い」
 少し大きな声で言われて私は、ビクッとなってしまった。
 クリスが少しオロッとしている。

「あのね。ユウキの所為じゃないんだよ。リリーは当事者だからね。本当は両親が処刑された時に一緒に処刑されるはずだったんだ」
「でも、見逃していたんでしょ?」
「僕はともかく。賢者の石の方は、ずっと事の顛末をここで見ていただろうから。可哀そうになったんだろう」
「可哀そう?」
「リリーの身分じゃ、王太子からの誘いは断れないだろうし、『大人の思惑をかわせ』と言うには酷なくらい子どもだからね。だから、僕も見ないふりをした……それだけなんだよ」

「だけど、私の所為でダメになったんでしょう?」
「違う。元々成功率の低い賭けだったんだからね。ダメ元ってよく言ってたじゃないアレだよ」
「私の所為で無くても、イヤです。成功してたかもしれないのに」
 
 クリスが長い溜息を吐く。
「だよね。分かっていたさ。納得してくれないのなんて。本来の君らしくて嬉しいよ。僕は」
 なんか、嬉しいと言いながら、やけくそになってる気がするけど。
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