おまけ 賢者とキャロル……由有紀とのお別れ(賢者側)

文字数 1,253文字

「キャロル……いや、由有紀と言うべきか。その姿は……」

 何も無い空間、黒い髪をショートカットに切り、可愛い顔立ちの20歳くらいの女性がいる。ふんわりしたグリーンに少し柄の入ったワンピースを来ていた。
「うん。キャロルの中味は由有紀だもの。それは、何十年キャロルの中に入ってても変わらないわ」

「もう行くんだね」
 賢者は、本来、自分が関わらなかったら、こんな風に成長していただろう由有紀を、眩しそうに見る。

「ええ。心残りは無いわ。やれることは全てしたし。後はギルバート達の仕事だもの」
 一定の距離を保ち、見守るようにしている賢者を見て、由有紀は言う。
「私ね。賢者様(クリス)の事、好きだったんだよ。だから、賢者様(クリス)がもう会わないって言ったとき、すごく傷付いて泣くことも出来なくてボ~ッとしていたの。それを、クラレンスは……多分、全てを分かっていて愛情を(そそ)いでくれてた」
「うん」
 知っていた。賢者の間からその様子は見えていたから。

「クリス王子は、死ぬ間際に『僕が待っていると思ったら、死ぬのも怖くないだろう?』ってロザリーに言ったらしいけど、クラレンスは、私に『待ったりしないから、来世では自由に生きてくれ』って言われたわ」

「クラレンスには、本当に悪いことをしたな。その上、私は『賢者の間』から出て来て君たちの近くをウロウロしてたからね」
「本当にね、十数年前の悲しみは何だったの? って思ったもの。でもね、私クラレンスの事も好きだったのよ。亡くなったとき、もう、涙が涸れるかもって程、泣いたもの」
「ああ。泣いてたね。私は、慰めるすべも持たなかったからな」

賢者様(クリス)。最後にお願いがあるの。多分、由有紀(わたし)はもう賢者様(クリス)に会えないから……。次に会うときは、エマでしょう?」
「ああ、そうだね。良いよ、何?」
 由有紀は、軽やかに賢者の側に寄る。

「抱きしめて、キスして欲しいな」
 賢者は、ギョッとした顔で由有紀を見た。
「はしたないって思った?」
「いいや」
 優しい顔で、賢者は由有紀を抱きしめた。

「ダメだよ、由有紀。私は、君のことも愛してるんだ。また、由有紀にも理不尽な要求をしてしまうよ」
 そう言って、由有紀の唇にキスを落とす。
 由有紀は、輪廻の輪の中に戻り、全てを忘れてしまうだろう、だけど……。
「愛してる」
 由有紀の耳元で賢者は言った。それを聞いた由有紀は、心からの笑顔になって
「ありがとう。大好きよ。私の賢者様」
 ありったけの眩しい笑顔でそう言ったっきり、由有紀は賢者の腕の中から消えてしまった。


「メアリー。済まないが、少しだけ一人にしてくれないかな」
 キャロルを見送ったまま、その場所から動かずに、そこで、見ていたはずのメアリーに賢者は言う。
「追わないの?」
 何も無いはずの空間からメアリーの声がする。
「いや。賢者としての仕事をするよ。でないと、今度エマに会ったときに叱られそうだ……」

 もう、メアリーからの返答は無かった。




 キャロル・ハーボルト 前国王クラレンス・ハーボルトの妻。
 享年78歳 大往生。
 国葬は、盛大に行なわれた。 
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