第37話 テラスでお茶を

文字数 2,088文字

 自宅屋敷に戻ってしばらくの間、私はベッドから離れられないでいた。
 前の体の頃に戻ったみたい。
 時々、父やリオンが様子を見に来てくれる。

 帰って来た初日はもう、何も考える余裕もなくベッドに入るなり、寝入ってしまったのだけど。体が少し楽になるにつれて、だんだんと不安になってきた。

『クラレンス殿下が、王妃様のご実家から見限られたかもしれない』

 そんな、言葉が頭の中をぐるぐるとまわっていた。
 今、婚約を解消されてしまったら、クラレンス殿下が王命違反で処刑されてしまうかもしれない。
 こっちの世界に来て、何も知らなかった私が側にいるのが怖いなんて言ったから
『殿下の婚約破棄を受け入れる』
 なんて、お父様が陛下に報告してしまっている。どうしよう。
 何とか、クラレンス殿下に会って、話し合えないかしら。

 そう思って、体調が良くなってしばらくしたある日、リオンに会える段取りを付けてもらった。
 この世界って、女性が直接動けないのよね。女性同士のお茶会でも、知り合いならまだしも親しい親族の男性を介してという場合が多いし。

 そうして一週間後にお茶会と称して、会う段取りがついたとリオンが言ってきた。

 二人だけのお茶会だけど、正式に招待されているので、先導の侍女に連れられ後ろには護衛の近衛騎士がついている状態で、王宮の廊下を歩いていた。

 少し早かったかしら? こっちは時間より早く着かない方が良いのよね、確か。

 そう思いながら歩いていると、先導の侍女と後ろの近衛騎士が少し廊下の横によけて礼を執る。何事かと思って、前を見ると、ダグラス殿下が歩いて来てた。
 なんの思惑でこの廊下を歩いているのだろう。
 そういう思いが自然と出てきた。だって、王宮(ここ)に限らず来客をもてなすようなテラスやサロンがある場所というのは、防犯上の理由もあるけど、身分の高いお客様……王宮(ここ)だと、他国の王族とか……の無礼にならない様にしてある。
 たまたま、通りがかるような廊下ではないのだけど。
 
「あれ? キャロル嬢だ。久しぶり。今日はどうしたの?」
 ダグラスは、にこやかに話しかけてくる。
「お久しぶりでございます。ダグラス殿下」
 私は、礼を執り挨拶をした。
「かたっ苦しい挨拶はやめない? 今さら不敬なんて言わないからさ。それで、何でここに?」
 ダグラスは、手をパタパタ振って言ってくる。相変わらず、優しくてこの方の側はホッとする。警戒しないといけないはずなのに……。
「今日は、クラレンス殿下とお茶会の約束がありますのでテラスに向かっています」
 私は笑顔で、ダグラスの問いに答えた。
「そう。大丈夫? 変な噂が立っているんだけど」
「噂……ですか?」
 なんだろう? しばらく夜会や社交的な場に出ていないから、新しい噂があっても分からないのだけれど。

「その様子じゃ、知らないようだな。テラス……付いて行っていいかな?」
「今日は、正式にお茶会として招待されているから……」
 確か、招待されていない限り、ダメなはずだけど。貴族なら王族の飛び入り参加は断れないけど、主催者は王太子であるクラレンスだもんね。

 ふと見たら、クラレンスが護衛をつけてやって来ていた。
 ああ。良かった。クラレンスに判断してもらおう。
 姿を見付けてホッとしていたら、護衛の一人に、何やら言ってクラレンスは方向転換してもと来た廊下を戻って行ってしまった。

 え? なんで?
 なんで行っちゃうの?
 追いかけようにも、大股で歩いて行ってしまってる。この前のクリスと同じだ。
 きっと私の足では追いつけない。

「何なんだ、あいつは」
 ダグラスは不快感を表している。
 クラレンスについていた護衛がやって来て私に言う。
「テラスにお茶の用意が出来ておりますので、ダグラス殿下とお楽しみくださいとのことです」
 
 胸にヒヤッとしたものが走る。
 私がダグラスを連れて来たと、誤解された?

 今日はこれからの事を話し合おうと思っていたのに。
 リリーの探索の時に随分と親しくなった気がしていた。
 クラレンスは、私が子どもだと知って、優しく接してくれるようになったから。
 ダグラスが来なかったら、そのままお話しできたのかな。
 私は下を向いてしまった。キャロルとして、頑張るってクリスと約束したのに。

「とりあえずテラスに行く? それとも、お屋敷の方に戻った方が良い?」
 ダグラスが優しく訊いてくれる。
 ダメだ、私。もう少しでダグラスの所為にしてしまうところだった。
「いいえ。参りましょう」
 そうダグラスの方に言う。上手く笑えているかな。
 クラレンスの護衛がまだ側に控えていたので、伝えてもらう。
「お役目ご苦労様。もし気が変わったら、わたくしは予定通りテラスにいるので、おいで下さいとクラレンス殿下に伝えて頂けるかしら」
「かしこまりました」
 クラレンスの護衛は、私とダグラスに礼を執り。行ってしまった。

「ダグラス殿下。テラスの方に参りましょう。せっかくお茶の用意が整っているのですから」
「キャロル嬢が良いのなら、俺もそれで良いよ。じゃあ、行こうか」
 そうして、私達は2人連れ立って、テラスに向かった。
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