第57話 ムーアクロフト家のお茶会
文字数 2,158文字
「まぁ。ようこそ、キャロル様。どうぞ、こちらにいらして」
ムーアクロフト夫人から、にこやかにうながされた先には、お茶とお菓子の用意がされている長いテーブルがあった。もう他のお客様はそろっている状態である。
ここは、ムーアクロフト公爵邸のサンルーム。
今日はガラスの扉を大きく開けて解放感を演出し、中庭にも出れるようにしている。
手入れされた木々や花々達が彩りを添え、その中でも楽しめるように立食コーナーや、テーブルが点在していた。
ハーボルト王国の気候が、年中暖かいが故に出来る趣向である。
「お招きに預かり、光栄ですわ。ムーアクロフト公爵夫人」
侍女の誘導に従って用意された席に着いた。
彼女は現宰相の奥方。そう思って私は気を張って来たのだけど……。
今回のお茶会のメンバーは、私とほぼ同世代の若い令嬢たちだった。
「キャロル様。今日は、わたくしの娘の教育に付き合って下さいませ。お恥ずかしい事に、この子ったら、お茶会一つ満足に運営出来ませんのよ」
「まぁ。そんな、ご謙遜を」
それが本当なら、大問題だけど、この場合ムーアクロフト夫人が参加する言い訳だと思う。
普通は娘が主催する若い世代のお茶会に、親が参加するなんてないもの。
だいたい、キャロルとムーアクロフト夫人って仲悪いんじゃなかったけ。
本当の目的は、今起こっている事への対策の為なんだろうな。
クリスだって、いつまでも保護者をしている訳にはいかないし。そもそも、令嬢方が参加する夜会やお茶会に全て参加するなんて、不可能だ。
一応型通り、ムーアクロフト夫人の指導の下。シルヴィア様がご挨拶をしたり、自己紹介を皆で出来るよう工夫したり、ちょっとした遊びを取り入れたり。
若い令嬢たちのお茶会としては、まずまずだろう。
「そう言えば、キャロル様。わたくしの夫と共に、賢者様とお会いになったのですって?」
へ? ああ、あれって表向きは正式な謁見だったから、公式の記録にも残っているんだ。
口止め、意味ないよね。公式記録は、上位貴族なら誰でも閲覧できるもの。
「はい。婚約破棄を言い渡されたショックで混乱してしまい、宰相様には分不相応のお願いをしてしまいましたわ。今考えると恥ずかしい限りでございます」
今ならわかる。
賢者に謁見出来るのは、国王陛下と選ばれた者のみ。
私の魂を転移させたという事実があったから、キャロルは会えていただけで。
キャロルの身分では、姿やお声かけどころか、賢者の間の廊下ですら、入る事が許されない。
たとえ、賢者の石が選んだ器だとしても。
私がそんな事を考え恐縮していると、シルヴィアは、瞳をキラキラさせて訊いてきた。
「とんでもないですわ。賢者様から選ばれた方ですもの。それで、どうでしたの? 賢者様は、初代英雄王のお姿のままでしたの?」
不敬だ。
賢者様の気配を問うならまだしも、容姿の事を訊くなんて。
年配の方々……そうで無くても、普通はしない質問だわ。
だけど、そこはデビュタントしたばかりの令嬢 。
周りのご令嬢たちも、興味津々で私の返答を待っている。
ムーアクロフト夫人の方を見ると、ほくそ笑んだ感じになっていた。
なるほど、娘に何も知らない子どものふりをさせて、賢者が未だご存命だと、噂にしたいんだ。
ここにいるご令嬢たちは、自宅屋敷に戻って私が賢者に会った時の話を家族にするだろう。
不敬だとは思っていても、自分の娘を含んだ令嬢 同士の会話に目くじらを立てる事も無いだろうと踏んで。
だけど、この噂には、キャロルの名前も入ってしまう。
ウィンゲート公爵が、自分の名前を晒さなければ噂が浸透しなかったのと、同じだ。
自分の名前を晒さないと、誰も信用してくれない。
この噂を流すという事は、噂の責任も一緒に付いてくるという。その覚悟が必要なんだ。
真っ向から、ウィンゲート公爵を敵に回す覚悟と、賢者の存命を証明できなかった時、処刑されるかもしれない覚悟。
だって、クリスが賢者として人前に出て来てくれるかどうかも、わからない。
私は大きく深呼吸をする。
何も出来ない子どものままでいたら、クラレンスは守れない。
クリスが言った事は、こういう事なのかな? だけど、賢者と会った時の事って、どう言えば……。
そう思っていたら、私の意志とは別に口が開く。
「賢者の間に入ってすぐの所で、わたくし跪いて待っておりましたの。すると、賢者様はわたくしのすぐ前に光を纏 って現れたのです」
クリス? クリスが……。
「その光が少し落ち着くと、幾重にも布を重ねたようなご衣裳を見ることが出来ましたわ。お顔は恐れ多くて、見る事は出来ませんでしたが、優しくお声かけを頂いて、嬉しさのあまり涙が出る思いで……」
私は嗚咽が出そうになり口を手でふさぐ。本当に涙が出てきた。
周りの令嬢たちから、次々にハンカチが差し出される。
賢者と謁見した時の事を思い出し、感極まって涙が出たと勘違いしてくれたのなら、それで良いわ。
今の言葉は、私でもキャロルのスキルでも無い。
私の口から勝手に出てきた言葉。
これは、賢者の方のクリスの……。
覚悟を決めた私に、内側から存在を伝えてくれる。
大丈夫、一緒にいるから……って。
賢者様 。こんなところにいた。私の中に……。
良かった。
ムーアクロフト夫人から、にこやかにうながされた先には、お茶とお菓子の用意がされている長いテーブルがあった。もう他のお客様はそろっている状態である。
ここは、ムーアクロフト公爵邸のサンルーム。
今日はガラスの扉を大きく開けて解放感を演出し、中庭にも出れるようにしている。
手入れされた木々や花々達が彩りを添え、その中でも楽しめるように立食コーナーや、テーブルが点在していた。
ハーボルト王国の気候が、年中暖かいが故に出来る趣向である。
「お招きに預かり、光栄ですわ。ムーアクロフト公爵夫人」
侍女の誘導に従って用意された席に着いた。
彼女は現宰相の奥方。そう思って私は気を張って来たのだけど……。
今回のお茶会のメンバーは、私とほぼ同世代の若い令嬢たちだった。
「キャロル様。今日は、わたくしの娘の教育に付き合って下さいませ。お恥ずかしい事に、この子ったら、お茶会一つ満足に運営出来ませんのよ」
「まぁ。そんな、ご謙遜を」
それが本当なら、大問題だけど、この場合ムーアクロフト夫人が参加する言い訳だと思う。
普通は娘が主催する若い世代のお茶会に、親が参加するなんてないもの。
だいたい、キャロルとムーアクロフト夫人って仲悪いんじゃなかったけ。
本当の目的は、今起こっている事への対策の為なんだろうな。
クリスだって、いつまでも保護者をしている訳にはいかないし。そもそも、令嬢方が参加する夜会やお茶会に全て参加するなんて、不可能だ。
一応型通り、ムーアクロフト夫人の指導の下。シルヴィア様がご挨拶をしたり、自己紹介を皆で出来るよう工夫したり、ちょっとした遊びを取り入れたり。
若い令嬢たちのお茶会としては、まずまずだろう。
「そう言えば、キャロル様。わたくしの夫と共に、賢者様とお会いになったのですって?」
へ? ああ、あれって表向きは正式な謁見だったから、公式の記録にも残っているんだ。
口止め、意味ないよね。公式記録は、上位貴族なら誰でも閲覧できるもの。
「はい。婚約破棄を言い渡されたショックで混乱してしまい、宰相様には分不相応のお願いをしてしまいましたわ。今考えると恥ずかしい限りでございます」
今ならわかる。
賢者に謁見出来るのは、国王陛下と選ばれた者のみ。
私の魂を転移させたという事実があったから、キャロルは会えていただけで。
キャロルの身分では、姿やお声かけどころか、賢者の間の廊下ですら、入る事が許されない。
たとえ、賢者の石が選んだ器だとしても。
私がそんな事を考え恐縮していると、シルヴィアは、瞳をキラキラさせて訊いてきた。
「とんでもないですわ。賢者様から選ばれた方ですもの。それで、どうでしたの? 賢者様は、初代英雄王のお姿のままでしたの?」
不敬だ。
賢者様の気配を問うならまだしも、容姿の事を訊くなんて。
年配の方々……そうで無くても、普通はしない質問だわ。
だけど、そこはデビュタントしたばかりの
周りのご令嬢たちも、興味津々で私の返答を待っている。
ムーアクロフト夫人の方を見ると、ほくそ笑んだ感じになっていた。
なるほど、娘に何も知らない子どものふりをさせて、賢者が未だご存命だと、噂にしたいんだ。
ここにいるご令嬢たちは、自宅屋敷に戻って私が賢者に会った時の話を家族にするだろう。
不敬だとは思っていても、自分の娘を含んだ
だけど、この噂には、キャロルの名前も入ってしまう。
ウィンゲート公爵が、自分の名前を晒さなければ噂が浸透しなかったのと、同じだ。
自分の名前を晒さないと、誰も信用してくれない。
この噂を流すという事は、噂の責任も一緒に付いてくるという。その覚悟が必要なんだ。
真っ向から、ウィンゲート公爵を敵に回す覚悟と、賢者の存命を証明できなかった時、処刑されるかもしれない覚悟。
だって、クリスが賢者として人前に出て来てくれるかどうかも、わからない。
私は大きく深呼吸をする。
何も出来ない子どものままでいたら、クラレンスは守れない。
クリスが言った事は、こういう事なのかな? だけど、賢者と会った時の事って、どう言えば……。
そう思っていたら、私の意志とは別に口が開く。
「賢者の間に入ってすぐの所で、わたくし跪いて待っておりましたの。すると、賢者様はわたくしのすぐ前に光を
クリス? クリスが……。
「その光が少し落ち着くと、幾重にも布を重ねたようなご衣裳を見ることが出来ましたわ。お顔は恐れ多くて、見る事は出来ませんでしたが、優しくお声かけを頂いて、嬉しさのあまり涙が出る思いで……」
私は嗚咽が出そうになり口を手でふさぐ。本当に涙が出てきた。
周りの令嬢たちから、次々にハンカチが差し出される。
賢者と謁見した時の事を思い出し、感極まって涙が出たと勘違いしてくれたのなら、それで良いわ。
今の言葉は、私でもキャロルのスキルでも無い。
私の口から勝手に出てきた言葉。
これは、賢者の方のクリスの……。
覚悟を決めた私に、内側から存在を伝えてくれる。
大丈夫、一緒にいるから……って。
良かった。