第6話 キャロルが結界に入った後のクリス側の話

文字数 2,303文字

 結界の外の事は、いっそバカバカしい。
 キャロルがこんなに私の事を信じてくれているのに、賢者も賢者の石(クリス)も愚かすぎる。


 やられた。
 キャロルを連れて結界に入られるとは思わなかった。
 僕の失態だ。
 気配を読み取られない様に、直前の会話も読み取らなかった。

 もうすでに気配はない。
 ピクトリアンの結界を探る能力も、まして破る能力も僕には残っていない。
 完全に僕の前から二人は姿を消してしまっていた。

「くそっ」
 思わず横の壁を殴る。
 賢者も今、必死になって探しているはずだ。
 もう二度と今世で会わないと言っても、非常事態だ。

 頭がくらくらする。
 ダメだ。僕がこんなんじゃ。
 深呼吸をして、何とか気持ちを落ち着かせる。表面だけでも平気でいないと。
 このままの状態でクラレンスやギルバードの前に出るわけにはいかない。
 冷静でいないと。
 
 僕は、常に彼らの保護者……相談役でいなければならないのだから。

 何とか自分の気持ちを落ち着かせ、クラレンスの部屋に向かった。
「メアリーとキャロルが消えた?」
「うん。僕が監視をしている目の前でね。メアリーが張った結界の中に入ったのだと思うけど」
 クラレンスの手が震えている。
 心の中で『クリスが監視をしていながら、どうして』って、怒りで震えているね。
「責めても良いよ。僕が止められなかったのが原因だし」

 目の前でクラレンスが気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしている。
 心を読める僕の事を、(おもんぱか)ってくれているよね。怒って良いのに。
「いや。すまない。分かっているんだ。クリスのせいじゃ無い。だけど、キャロルがいなくなるなんて、考えてもみなかったから」
 ごめんと謝られた。


 クラレンスが、一人になりたがったのと、王宮に居ても僕に出来る事は無いと思って、自宅に急いだ。
 僕が必要になったら、賢者が呼び出すだろうと思って。

 キャロルの中にいるユウキは、賢者の大切な宝物だ。
 そのキャロルが連れ去られたのなら、次に狙われるのは確実にロザリーだ。

 メアリーは僕らへの報復に、大切なものを奪うつもりなのかもしれない。
 何千年の昔、ハーボルトの王子が、ピクトリアン国王の弱くて大切なものから奪っていったように……。


 数千年前、まだ魔道士や賢者が普通の存在で、剣と魔法で戦争をしていた頃。
 ハーボルト王国はとある王国に敗戦し、あっという間に侵略され、王族貴族は皆処刑されてしまった。
 こっそり、国を脱出されられていたクリス王子は、途方に暮れてしまっていた。
 自分を慕って付いて来た兵士と国民は、合わせて千人弱。
 侵略されたとはいえ、国に残っていても処刑対象にもならず、充分に暮らしていけたはずの者たちである。
 いくら当時のクリスが魔道に()けた王子とはいえ、まだ15歳。
 他国の魔道士や賢者の追跡を避け、結界を張りながらこの人数を移動させるのには無理があった。
 王の側近であり、王の依頼で、クリスを逃がす算段をしてくれたウィンゲートがいなかったら、とうの昔に敵方に発見され皆殺しにされていたであろう。
 クリスは、国民に再会を約束し、ばらけさせ、数年かけて当時ピクトリアン公国と名乗っていた国に、ウィンゲートや残った兵士達と共にたどり着いた。

 ピクトリアン公国の人たちは、傷付いてボロボロだったクリス達を、優しく迎え入れてくれた。
 国王ですら、クリスの身の上を聞き同情して国賓として扱ってくれていた。

 それを、クリスたちは裏切り、わずかな兵力を魔力で増大させ、自分も魔力を使って蹂躙したのだ。
 ピクトリアンの国王が、自分たちの国を滅ぼした国の国王の弟だと知って……。

 ピクトリアンの国王は、国民の被害をこれ以上広げないように、この地を捨てて、自分の生命力を使い結界の中の王国を創る。
 そして、クリス王子には、不老不死の呪いをかけた。
 何の罪も無い国民を蹂躙、殺害した報復として。

 あの時、縁談を受けない様に、言えばよかったのか。
 いや、そんな事をしたらメアリーを巡って、国家間の戦争になっただろう。
 もともと、断れないと分かっていてこの縁談を申し込んだのだろうから。

 馬車の中で考えを巡らせていたら、自分の屋敷に着いた。
 ロザリーの気配も、子どもたちの気配もちゃんとある。
 少しホッとして、ロザリーがいる部屋に向かった。
 
 ロザリーが驚いている。
 それはそうだろう。普段はこんな時間に帰らない。
 しかも帰ったと同時にロザリーを抱きしめているのだから。
「良かった。いてくれて」
「どうしたの? クリス」
 ロザリーは、僕の異変に気が付いて抱きしめてくれている。
「キャロルが……いなくなった。僕の目の前で。僕が、止めれなかったから」
「クリスの所為じゃ無いでしょう?」
 ロザリーも親友が行方不明と聞いて不安を感じているけど。
 よしよしという感じで、僕の背中を撫でてくれている。
 出会った頃は、僕がそうしていたのにね。

 いつの頃からだったろう? 僕が保護者をやめたのは。
 いつの間にか、僕が弱音を吐ける場所になってくれたよね。

「僕の所為だ。自分の仕事が出来ていない。それに僕の所為でロザリーまで危ない目に遭わせてしまうかもしれない」
 そういうと、ロザリーはきょとんとした顔で僕を見た。
「それこそ気にしなくて良いのに」
 え? 
 もしかしたら、自分は大丈夫とか思っているのか?
 何だかにこやかに言っているけど……ロザリー?
「だって約束したじゃない。わたくしたちいつまでも一緒なのでしょう? だから別れても、たとえ死んでしまったとしても。わたくしを見付けてね」
 にこやかに言うロザリーに、僕の頭はまたくらくらとしてしまった。
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