第25話 異世界転移とリリー様

文字数 1,435文字

「何をやってるんだ。君は」
 転倒しなかったのは、クリスがとっさに支えてくれたおかげだった。
 本能かな? 目をそらして靴の方を見てたのは……。だって、怒ってるし。

 クリスは私の靴を持ち、器用に私をお姫様抱っこして運んでくれている。
 そのまま、近くにあったサンルームの椅子に降ろされた。

 近くを通りがかった、侍女に冷たい水とタオルを持ってくるように指示をしている。
「それで、足をケガしてまで僕を追いかけて。何の用? キャロル」
 クリスはムッとした顔をしている。
「もしかしたら、リリー様って転生者だったりします?」
 そう私が質問したタイミングで、侍女が言われたものを持ってきた。
 クリスは無言で、私の足を椅子についている足置きに乗せて冷たいタオルで冷やしてくれた。
 
 少し腫れて熱を帯びていたから、冷たいタオルは気持ちが良い。
 こっちには、湿布なんて無いから。
 
「このまま冷やしていたら大丈夫だと思うけど」
「ありがとうございます。あの……」
「ああ、君。もう良いよ。通常業務に戻ってくれ」
 侍女は礼を執って退出していった。
 私の質問は無視されたままだ。

「あの……クリス殿下?」
 不安になって、名前を呼んだ。
「何? 交渉事?」
 交渉ってどうするんだろう。そう思っていたらサラッと頭を撫でられる。
 
 クリスが……賢者の間のクリスみたいに優しい顔をしていた。
「ごめん。意地悪だったね」
 そう前置きの様に言って
「ここはね。ゲームの世界じゃないんだ。向こうの世界のゲームを見て、僕も驚くくらい似てはいるけどね。登場人物も同じだし。でもね。この世界はもう何千年も続いている。リリーはちゃんとブライアント伯爵夫人から生まれているし。キャロルに恋愛スキルは無いから、嫉妬して意地悪をするなんて事、無かったからね」
「そう……なんですか」
 多分、この前みたいに結界を張ったんだと思う。外の音が聞こえない。

「世界を超えるのは大変だよ。下手にやったらお互いの世界が干渉しあって崩壊してしまう。もし、リリーが先に世界を渡っていたら、僕らの能力を合わせてもユウキの魂を引きずり込めなかったよ」
「じゃあ。さっき目を逸らせたのは?」
「転生、転移の事を訊かれるとは思わなかったからね。この事だけは、訊かれたら無条件で答えるよう賢者と話したんだ。他の事は答えないけど」

 交渉。この前の見返りは、ほっぺチューだったよね。
 目線を合わせて話してくれるクリスのほっぺに私は思いっきり唇を押し付けた。

「はぁ?」
 クリスは、慌てて私から離れてしまった。なんだか、顔が赤く見える。
「クリス殿下。知ってる事、教えてください」
「いや。これ、交渉って言わないだろ?」
 私はクリスをじっと見て言った。今なら強気になれるかも。

 クリスは諦めたように話し出した。
「今、リリーと逃げている使用人の男性だけど。リリーの事、子どもの頃から好きだったんだよ。身分差があるから、クラレンスの事が無くても結ばれない恋だったんだろうけど。リリーも彼には心を許していたようだから、今回逃げきれたら二人で生きていくと思う」
 待って。もしかしたらリリーって、クリスたちに許されていた?

「牢獄からリリーを逃がすようにそそのかしたのは僕だし。逃亡資金も充分じゃないだろうけど渡して、バレない様に結界まで張ったんだ。逃げ切って欲しかったんだけどね」
 これはもう、仕方ないかな……なんて、目の前で言っている。

 私は、そんなクリスを目の前にして呆然とするしかなかった。
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