第65話 賢者の愛した普通の少女
文字数 1,719文字
「その辺は、僕も記憶を共有しているから、知っているけどね。でも、分からないな。なんで、賢者 があんなに……役目を捨ててまで、エマを愛したのか。だってどう考えても、ちょっとおせっかいなだけの普通の女だったろ? そりゃ、貴族にはいないタイプだろうけど」
クリスは半ば呆れたように言っている。
「そうだね。エマは、多分どこにでもいるような普通の少女だったよ。さして、美人でも無い。年相応の可愛らしさを持つだけの。おせっかいで、母親の為に生きていて。そうそう、勉強は嫌いだったね。上の学校を勧めた時だって……」
何を思い出しているのか、知らないけど、楽しそうに笑ってる。
私の忘れてしまっている前世なんだから、責任ないよね。
「私が身代わりになった時点で言えば、太ってしまっていて。下町食堂の肝っ玉母ちゃんだったからね」
本当に、責任ないよね。賢者は、笑いながら言っているけど。
「普通に悩んで苦しんで、普通のことで喜び幸せを感じるような。少しおせっかいで、人の良い女性だったよ。だけど、その普通の生活を送れなくしてしまったのは、私なんだ」
そう言った時には、賢者の顔から笑顔は消えていた。
「結局、あの時なけなしの能力でエマの魂を支えるために、二人で向こうの世界に渡って、一緒に転生を繰り返したのだけど。普通の人生を送っても、路上で生活するような人生でも。上流階級の女性や貴族になったこともあったけ……。そういえば、すごい……処刑されるような極悪人になってたこともあったけど。その時ですら、普通の事で悩んで泣いて、やっぱりお節介を焼くような……そんな人間になっていた」
そう言いながら、賢者は私の頭を撫でてくれた。
賢者が言っている人生は、全く覚えていないけど。
そんな私の心を読んで、賢者は言う。
「良いんだよ。覚えていなくても。それが普通だ。前世の記憶なんてあったって、良い事ばかりじゃないからね。私の魂が寄り添っていた所為もあるかも知れないのだけど、エマの魂はずっと変わらなかった。私の愛したままだよ。特別じゃ無くて良いんだ。私が離れて、もしかして変わってしまうかも知れないけど、それでも愛しさは変わらない」
そう言って、愛おしいと言わんばかりの目で、私を見つめてくれる。
「どうして?」
どうしてそんな事がいえるのか分からなくて、私は訊いていた。
「知っていると思うけど、私は人間では無くなっているからね。君にはこの愛はきっと重いと思うけど……。でも、安心して。もう、私は君を追わない。私は賢者としてここにいて、今世では責任上、第二王子のクリスは、私と記憶と意識を共有するけど。君がクラレンスを選ぶのなら、クリスは慣例通り他の、王族にとって有益な女性と結婚することになる。そうして、お互いの寿命が来たら、そこでお別れだよ。私は、純粋に賢者に戻り、この国の主権は国王陛下に渡す。そして、君の魂は輪廻の輪の中に還る、普通にね」
「まぁ、そうなるな」
そう言って、クリスは賢者に手を差し出す。
その手を賢者が握り、クリスの体に光が纏 わり付き収まった。
「き……気持ち悪い。混ざっていると思うと余計に……」
おえ~と言う感じのクリスを、半目で賢者が見て言い返していた。
「お互い様だよ。クリス殿 下 」
そして、賢者は私の方を向き直して言った。
「さて、キャロル。私が賢者として君に会うのはこれで最後だ。もう今迄みたいに、ここへ来てはいけないよ。ここに来れるのは、国王と後は宰相くらいだからね」
子どもに言い聞かせるように、私に言った。
キャロルは、もう少ししたら成人年齢に達するけど、中身の私は12歳の子どもだから。
だけど、もう会えないんだ。
唯一の、この世界での絶対的な保護者だと思っていたのに。
「次の代から、器としての王妃は生まれないし、君ももう、賢者の器にならなくて良い。他国と戦争になってしまっても、私がいるからね」
賢者が何か言っているけど……聞こえない。
だって、もう会えない。
そう思って涙を堪 えていると、賢者から不意に腕を掴まれ引き寄せられる。
そして、耳元で
「最後に、お願いがあるのだけれど。君は許してくれるかい?」
そう言われた。
その願いは……。
クリスは半ば呆れたように言っている。
「そうだね。エマは、多分どこにでもいるような普通の少女だったよ。さして、美人でも無い。年相応の可愛らしさを持つだけの。おせっかいで、母親の為に生きていて。そうそう、勉強は嫌いだったね。上の学校を勧めた時だって……」
何を思い出しているのか、知らないけど、楽しそうに笑ってる。
私の忘れてしまっている前世なんだから、責任ないよね。
「私が身代わりになった時点で言えば、太ってしまっていて。下町食堂の肝っ玉母ちゃんだったからね」
本当に、責任ないよね。賢者は、笑いながら言っているけど。
「普通に悩んで苦しんで、普通のことで喜び幸せを感じるような。少しおせっかいで、人の良い女性だったよ。だけど、その普通の生活を送れなくしてしまったのは、私なんだ」
そう言った時には、賢者の顔から笑顔は消えていた。
「結局、あの時なけなしの能力でエマの魂を支えるために、二人で向こうの世界に渡って、一緒に転生を繰り返したのだけど。普通の人生を送っても、路上で生活するような人生でも。上流階級の女性や貴族になったこともあったけ……。そういえば、すごい……処刑されるような極悪人になってたこともあったけど。その時ですら、普通の事で悩んで泣いて、やっぱりお節介を焼くような……そんな人間になっていた」
そう言いながら、賢者は私の頭を撫でてくれた。
賢者が言っている人生は、全く覚えていないけど。
そんな私の心を読んで、賢者は言う。
「良いんだよ。覚えていなくても。それが普通だ。前世の記憶なんてあったって、良い事ばかりじゃないからね。私の魂が寄り添っていた所為もあるかも知れないのだけど、エマの魂はずっと変わらなかった。私の愛したままだよ。特別じゃ無くて良いんだ。私が離れて、もしかして変わってしまうかも知れないけど、それでも愛しさは変わらない」
そう言って、愛おしいと言わんばかりの目で、私を見つめてくれる。
「どうして?」
どうしてそんな事がいえるのか分からなくて、私は訊いていた。
「知っていると思うけど、私は人間では無くなっているからね。君にはこの愛はきっと重いと思うけど……。でも、安心して。もう、私は君を追わない。私は賢者としてここにいて、今世では責任上、第二王子のクリスは、私と記憶と意識を共有するけど。君がクラレンスを選ぶのなら、クリスは慣例通り他の、王族にとって有益な女性と結婚することになる。そうして、お互いの寿命が来たら、そこでお別れだよ。私は、純粋に賢者に戻り、この国の主権は国王陛下に渡す。そして、君の魂は輪廻の輪の中に還る、普通にね」
「まぁ、そうなるな」
そう言って、クリスは賢者に手を差し出す。
その手を賢者が握り、クリスの体に光が
「き……気持ち悪い。混ざっていると思うと余計に……」
おえ~と言う感じのクリスを、半目で賢者が見て言い返していた。
「お互い様だよ。クリス
そして、賢者は私の方を向き直して言った。
「さて、キャロル。私が賢者として君に会うのはこれで最後だ。もう今迄みたいに、ここへ来てはいけないよ。ここに来れるのは、国王と後は宰相くらいだからね」
子どもに言い聞かせるように、私に言った。
キャロルは、もう少ししたら成人年齢に達するけど、中身の私は12歳の子どもだから。
だけど、もう会えないんだ。
唯一の、この世界での絶対的な保護者だと思っていたのに。
「次の代から、器としての王妃は生まれないし、君ももう、賢者の器にならなくて良い。他国と戦争になってしまっても、私がいるからね」
賢者が何か言っているけど……聞こえない。
だって、もう会えない。
そう思って涙を
そして、耳元で
「最後に、お願いがあるのだけれど。君は許してくれるかい?」
そう言われた。
その願いは……。