第59話 クリス殿下の毒見役
文字数 2,377文字
結局、あの後の食事には毒は入ってなかった。
でも、クラレンスと一緒に食事をしているのに毒を入れるなんて何考えているんだろう?
まさか、クラレンスやクリスまで毒殺して、ダグラスを王太子に……、なんて、無謀な気が。
私たちはともかく、クリスは毒盛られたくらいじゃ死なないと思う。
クラレンスの部屋の中の一室で、私がそんな事を考えていると、クラレンスが入ってきた。
私付きの侍女たちに退出を命じている。
「何かあったの? クラレンス」
私は座っていた椅子から立ち上がり、クラレンスの前に行く。
クラレンスは、穏やかな顔で、私を見て軽く抱きしめた。
「婚約……解消しようか」
クラレンスが何を言ったのか理解できず、その顔を見上げてしまった。
「え……と、クラレンス?」
「今なら、王命違反で私を処刑できる。そうすれば、賢者様がどうであれ、王室は賢者様の意向に従うという意思表示になって、ウィンゲート公爵を逆賊として処刑できるからね」
この言葉を聞いて、私は一瞬、気が遠くなるような気がした。
何で……。何の為に頑張ってるのか。何の為に、私が……。何の為に、毒見役の侍女たちが命を懸けてまで……。
みんな、大切なクラレンスの為じゃない。それを……。
ふざけるんじゃないわよ。
「ったくねぇ。キャロル、言葉に出して言ったら? ふざけんなって」
「クリス」
いつの間にか、私の後ろにクリスが立っていた。
「本当に学習しないな。君は」
「だけど、こんな事が続いたらキャロルの精神がもたない」
「キャロルの、じゃなくて君のだろう? それで、自分の為に君が処刑されたという風に、キャロルの心を傷つける方を選ぶんだ」
クリスはもう、呆れすぎて怒る気にもなれないと言った感じだ。
「じゃあ、どうしたら良いんだ。今一番狙われているのはキャロルなんだぞ」
クラレンスの言い分に、クリスがこっちを見るけど。
「覚悟を決めた時の、キャロルは強いよ。君なんかより、はるかに。普段が泣き虫だから、騙されるけど。リリーの時なんか、賢者と僕を脅して協力させてたものね」
脅してなんて人聞きの悪い。
そんな事実無かったよね。
と言うか、クリスがジト目で私を見てる。
でも、少し冷静になれた。
私は、クラレンスにすり寄り、上目遣いで見て言った。
「クラレンスが、側にいてくれるだけで。私、頑張れるんだけどな」
ぐうにした手を口元に持っていくのも忘れない。
マンガにあった、可愛いポーズ。……ダメかな。
「あ……、え? そっ、そうなの?」
効果は抜群だった。クラレンスの顔が赤い。
クリスがうんざりした顔をしてるけど……。
「イチャイチャするのは、二人っきりの時にしてくれる? 多分、後から報告が行くと思うけど、毒見役の侍女だっけ? 助かったから」
「よかった。本当に」
私は心底ホッとした。あれだけが、気になっていたから。
「それでさ。食事なのだけど、僕と一緒に食べる? 毒見は僕がすれば良いことだしね」
これが本題? 第二王子を毒見役にって?
「この賢者の体って、毒盛られたくらいじゃ死なないんだよね。でも、毒が入ると浄化反応が出てわかるから……。今、危ないから僕の毒見役も休ませているからねぇ」
毒見役って、何のためにいるんだっけ? って言われそうなセリフをシレッと言ってる。
「いいの?」
「それくらいしか出来ないからね。かまわないよ。それよりさぁ」
クリスが私に近付いてきて、少し屈み耳元で言う。
「キャロル。いや、ユウキ。君、体の中に何を飼っているの?」
なんだか怖い感じがして、側にいたクラレンスにしがみ付いてしまった。
クラレンスは事情が分からないなりに、私をクリスから庇うように抱きしめてくれる。
「良いよ、別に。今はその方が安全だからね。宰相が国王と側室を抑えてくれたおかげで、ウィンゲートはかなり焦っているみたいだ。すぐにでも動くんじゃないかな」
そうなんだ。裏では色々動いているものなのね。
「賢者の間から、食事持ってこれないのかなぁ」
そうすれば、毒なんか関係なく食事できるのに。
賢者の体で能力使ったら出来そうなんだけど無理なのかなぁ。
そう思ってクリスを見た。
食事の間で、会話が周りに聞こえないだけの結界を張って三人で食事をしていた。
毒見役を外し、クリスが先に口を付け、後の二人が食べるという形を取っている。
「あっ、それ毒入っている。食べないで」
私が口を付けそうになったのを、クリスが止める。
「難しいね。賢者の間、廊下から結界を張られていて、廊下に入るなり無差別攻撃されるから、無理。賢者の体に入っている僕も入れない」
「張られていてって、クリスが張ったんじゃないのか?」
クラレンスが、毒入りのステーキを侍女に返しながら訊いている。
「賢者がね、この体から弾かれた時に、張ったんだよ。だから、キャロルの治療も部屋でって言ったんだ。でも、結界を張っていてある意味正解かな?」
「なんで?」
私は、不思議に思って聞いた。そんな厄介な結界無い方が良いに決まってる。
「今、賢者の間を開けられたら、ウィンゲートの言い分が正しい事になってしまうからね。あの部屋、今は何もない部屋のさらに奥に、初代英雄王。つまり、賢者が人間だった頃の遺体が棺 におさめられている事になっている。まさに霊廟 だって」
「え? だって、賢者の石は?」
あの部屋に、棺 なんかあったっけ?
「君の体に入った時点で、すべて回収しているだろ? そのせいで僕の能力が半減している。そろそろ結界解いて良い? 食事も終わるし」
「ああ。すまなかった、クリス」
クラレンスがそう言って、クリスは結界を解いた。
食事が終わって、クリスが思い出したように言う。
「クラレンス。後でちょっと良いかな。例の件、全て整ったようだから」
その言葉に、クラレンスは真剣な顔で頷いていた。
でも、クラレンスと一緒に食事をしているのに毒を入れるなんて何考えているんだろう?
まさか、クラレンスやクリスまで毒殺して、ダグラスを王太子に……、なんて、無謀な気が。
私たちはともかく、クリスは毒盛られたくらいじゃ死なないと思う。
クラレンスの部屋の中の一室で、私がそんな事を考えていると、クラレンスが入ってきた。
私付きの侍女たちに退出を命じている。
「何かあったの? クラレンス」
私は座っていた椅子から立ち上がり、クラレンスの前に行く。
クラレンスは、穏やかな顔で、私を見て軽く抱きしめた。
「婚約……解消しようか」
クラレンスが何を言ったのか理解できず、その顔を見上げてしまった。
「え……と、クラレンス?」
「今なら、王命違反で私を処刑できる。そうすれば、賢者様がどうであれ、王室は賢者様の意向に従うという意思表示になって、ウィンゲート公爵を逆賊として処刑できるからね」
この言葉を聞いて、私は一瞬、気が遠くなるような気がした。
何で……。何の為に頑張ってるのか。何の為に、私が……。何の為に、毒見役の侍女たちが命を懸けてまで……。
みんな、大切なクラレンスの為じゃない。それを……。
ふざけるんじゃないわよ。
「ったくねぇ。キャロル、言葉に出して言ったら? ふざけんなって」
「クリス」
いつの間にか、私の後ろにクリスが立っていた。
「本当に学習しないな。君は」
「だけど、こんな事が続いたらキャロルの精神がもたない」
「キャロルの、じゃなくて君のだろう? それで、自分の為に君が処刑されたという風に、キャロルの心を傷つける方を選ぶんだ」
クリスはもう、呆れすぎて怒る気にもなれないと言った感じだ。
「じゃあ、どうしたら良いんだ。今一番狙われているのはキャロルなんだぞ」
クラレンスの言い分に、クリスがこっちを見るけど。
「覚悟を決めた時の、キャロルは強いよ。君なんかより、はるかに。普段が泣き虫だから、騙されるけど。リリーの時なんか、賢者と僕を脅して協力させてたものね」
脅してなんて人聞きの悪い。
そんな事実無かったよね。
と言うか、クリスがジト目で私を見てる。
でも、少し冷静になれた。
私は、クラレンスにすり寄り、上目遣いで見て言った。
「クラレンスが、側にいてくれるだけで。私、頑張れるんだけどな」
ぐうにした手を口元に持っていくのも忘れない。
マンガにあった、可愛いポーズ。……ダメかな。
「あ……、え? そっ、そうなの?」
効果は抜群だった。クラレンスの顔が赤い。
クリスがうんざりした顔をしてるけど……。
「イチャイチャするのは、二人っきりの時にしてくれる? 多分、後から報告が行くと思うけど、毒見役の侍女だっけ? 助かったから」
「よかった。本当に」
私は心底ホッとした。あれだけが、気になっていたから。
「それでさ。食事なのだけど、僕と一緒に食べる? 毒見は僕がすれば良いことだしね」
これが本題? 第二王子を毒見役にって?
「この賢者の体って、毒盛られたくらいじゃ死なないんだよね。でも、毒が入ると浄化反応が出てわかるから……。今、危ないから僕の毒見役も休ませているからねぇ」
毒見役って、何のためにいるんだっけ? って言われそうなセリフをシレッと言ってる。
「いいの?」
「それくらいしか出来ないからね。かまわないよ。それよりさぁ」
クリスが私に近付いてきて、少し屈み耳元で言う。
「キャロル。いや、ユウキ。君、体の中に何を飼っているの?」
なんだか怖い感じがして、側にいたクラレンスにしがみ付いてしまった。
クラレンスは事情が分からないなりに、私をクリスから庇うように抱きしめてくれる。
「良いよ、別に。今はその方が安全だからね。宰相が国王と側室を抑えてくれたおかげで、ウィンゲートはかなり焦っているみたいだ。すぐにでも動くんじゃないかな」
そうなんだ。裏では色々動いているものなのね。
「賢者の間から、食事持ってこれないのかなぁ」
そうすれば、毒なんか関係なく食事できるのに。
賢者の体で能力使ったら出来そうなんだけど無理なのかなぁ。
そう思ってクリスを見た。
食事の間で、会話が周りに聞こえないだけの結界を張って三人で食事をしていた。
毒見役を外し、クリスが先に口を付け、後の二人が食べるという形を取っている。
「あっ、それ毒入っている。食べないで」
私が口を付けそうになったのを、クリスが止める。
「難しいね。賢者の間、廊下から結界を張られていて、廊下に入るなり無差別攻撃されるから、無理。賢者の体に入っている僕も入れない」
「張られていてって、クリスが張ったんじゃないのか?」
クラレンスが、毒入りのステーキを侍女に返しながら訊いている。
「賢者がね、この体から弾かれた時に、張ったんだよ。だから、キャロルの治療も部屋でって言ったんだ。でも、結界を張っていてある意味正解かな?」
「なんで?」
私は、不思議に思って聞いた。そんな厄介な結界無い方が良いに決まってる。
「今、賢者の間を開けられたら、ウィンゲートの言い分が正しい事になってしまうからね。あの部屋、今は何もない部屋のさらに奥に、初代英雄王。つまり、賢者が人間だった頃の遺体が
「え? だって、賢者の石は?」
あの部屋に、
「君の体に入った時点で、すべて回収しているだろ? そのせいで僕の能力が半減している。そろそろ結界解いて良い? 食事も終わるし」
「ああ。すまなかった、クリス」
クラレンスがそう言って、クリスは結界を解いた。
食事が終わって、クリスが思い出したように言う。
「クラレンス。後でちょっと良いかな。例の件、全て整ったようだから」
その言葉に、クラレンスは真剣な顔で頷いていた。