第51話 クラレンス殿下とユウキの関係
文字数 2,633文字
ウインゲート公爵は、証拠を集めて(捏造して?)、キャロルを襲った黒幕、トルネード伯爵の逮捕の立役者になった。
分かっていた事だし、もうこの辺は、小細工をしても仕方が無いので、大々的にウインゲート公爵に表舞台に立ってもらう。
謁見の間で国王からの感謝のお言葉や褒賞を与えられ一段落しているところだ。
「陰に隠れて何かされるよりは、良いからねぇ」
とは、クリスが言っていた事。
その日も私は、ベッドでクラレンスが贈ってくれた本を読んでいた。
この生活もあと少しで終わる。
クリスの診断では、もうほとんど回復していて、後は自宅屋敷で散歩したりして、体を少しずつ動かしていく事が大切だと言っていた。
少し経つとクラレンスが部屋に入ってきた。
侍女たちは、ベッドの横に席を作ってお茶の用意をすると、静かに部屋を退出していった。
「お仕事のお話はもう終わりました」
さっきまで向こうの部屋でクリスと話していたはずだ。
「読書の邪魔をして悪かったね。今日はちょっとユウキと話したいと思って」
「由有紀 と、ですか?」
「うん。だから、殿下呼びも敬語もいらないからね。キャロルのスキルもお休みだ」
クラレンスは、優しく笑ってそう言っていた。
どうしよう。私のままじゃ、敬語もまともにしゃべれない。
ただでさえ、子どもなのに。小学2年から学校にすら行っていない。
自分でもわかるくらい素の私には何もないの。
私は自信が無くて下を向いてしまった。初めての夜会の時の様に。
「私はね。子どもの頃から、真面目で融通の利かないキャロルが苦手でね。もちろん、彼女の努力は賞賛されるべきだと思うし、感情的にならず、笑顔で社交をこなすところは凄いと思う。だけど、苦手だった」
クラレンスは、どこか遠い目でキャロルの事を語っていた。
「最近は、それも王妃として必要だと、分かったのだけど」
「はぁ」
「ユウキが、その体に入ったのって、私が婚約破棄を言い渡した時だったんだよね」
「……はい」
思い出すと、今も怖いけど。
「ごめんね。怖い思いをさせて。廊下では怖くて泣いていたんだよね」
何で今さらクラレンスはこんな事を言い出しているんだろう。
「その上、私とリリーの事まで後始末をさせて……。辛い思いをさせてしまった」
「それは……違うと思う」
私はつい反論してしまった。本当の事を知ってしまったら、クラレンスは怒るだろうか。
「クリス殿下が、リリー様の脱走を手伝って、賢者様もそれを見逃していたの。表向きは処刑したことにして。本当なら、出ないはずの追手が出てしまったのは、私が兄さまにリリー様の脱走の事を言ってしまったからなの」
クラレンスの反応が怖い。
「ごめんなさい。私の所為なのに、賢者の間で衝撃と痛みを引き受けさせてしまって」
私は涙が出そうになった。だけど、ここで泣くのはずるい。
クラレンスは、それでも私の掛布を握りしめている手の上にそっと手を重ねてくれる。
「ユウキの所為じゃ無いよ。私が悪いのだからね。それに、ちゃんとリリーを逃がしてくれた。ありがとう」
クラレンスは笑顔で言ってくれるけど、私は胸が痛くなっていた。
「ユウキは、私と居ると時々そんな風に辛そうな顔をするね。まだ私が怖い? それとも一緒に居たくないって思ってる?」
クラレンスが下を向いている私の顔を覗き込もうとする。
「そんな事思ってない。クラレンス、優しくなったから」
「この前も言ったと思うけど、私はユウキの事が好きだからね。だけど……」
「うそっ。だって、リリー様と恋人関係だったでしょ?」
私は勢いよく、顔を上げて言った。クラレンスが驚いた顔をしたけど、直ぐに笑顔に戻った。
「そうだね。だけど、終わった事だ。リリーが他の男性と一緒に居ても何も感じなかった。国外に、逃がしてあげれて本当に良かったと思うよ」
何で? 何で、そんな笑顔で言えるの?
あんなに仲睦まじくしていたのに……。
「だって、私の……、キャロルの記憶の中に、リリー様とクラレンスが仲良くしている姿があるの。丁度、今の私達みたいに、お部屋や執務室から仲良く出てきて……。クラレンスがすごく優しい目でリリー様を見ているの。だから……」
「だから?」
クラレンスから優しい声で先をうながされた。
「だから、優しくされるたびに、リリー様にも同じことをしていたの? って、聞きたくなってしまうの。ここで何をしてたの? って」
ダメだ。涙が零れ落ちてしまった。
クラレンスが黙ってしまったので、私は涙をそのままに顔を上げた。
なんだか顔が赤い。口元を押さえたまま、少し下を向いている。
「あの。クラレンス?」
気を悪くさせてしまったかと、不安になってクラレンスを呼んだらいきなり抱きしめられた。
「やだ。離して」
私は抵抗してしまった。だけど、暴れても腕の力が緩まない。
「私は酷い男だね。ユウキが泣いているのに嬉しいんだ」
「嬉しいって……」
クラレンスのその言葉に、私は体の力を抜いてしまった。
「私を選んでくれて、ありがとう」
それはもう、誤解しようのない言葉。
「だから、ずっと前からそう言って……」
「うん。大好きだよ」
クラレンスはもう大人のハズなのに、子どもみたいな言い方をしている。
だけど、キャロルとしての私が好きなのかな、それなら、『私も……』って言えない。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる、クラレンスを押しのけながら、私はこれだけは訊かなきゃと思っている。
「クラレンス。私はキャロルのスキルが無いと何もできない子どもなの」
「ん?」
押しのけられたクラレンスが、不思議そうにしている。
「必要なのはキャロルでしょ? だからクリス殿下も賢者様も頼るなって言うし、クラレンスも闘い方を教えてくれてたんだし」
「ああ。それは、仕方ないよ。社交は公務 だし。キャロルだって、ユウキの歳にはまだ社交なんてやっていなかったからね。厳しいとは思うけど……」
私は、そう言ってくれるクラレンスを見上げてた。
「別に、一人じゃないんだから大丈夫だよ。わからなければ、判断は私がするからね」
クラレンスから、無理してキャロルにならなくても良いよって言われた気がした。
だけど……
「クラレンスは、私がキャロルじゃなくても必要としてくれる?」
恐る恐る訊いてみた。帰ってくる答えは怖いけど、ハッキリさせておかなきゃと思う。
「私は、ユウキが好きだと言ったのだけどね」
少し呆れたように、でも、優しい顔でクラレンスは答えてくれた。
分かっていた事だし、もうこの辺は、小細工をしても仕方が無いので、大々的にウインゲート公爵に表舞台に立ってもらう。
謁見の間で国王からの感謝のお言葉や褒賞を与えられ一段落しているところだ。
「陰に隠れて何かされるよりは、良いからねぇ」
とは、クリスが言っていた事。
その日も私は、ベッドでクラレンスが贈ってくれた本を読んでいた。
この生活もあと少しで終わる。
クリスの診断では、もうほとんど回復していて、後は自宅屋敷で散歩したりして、体を少しずつ動かしていく事が大切だと言っていた。
少し経つとクラレンスが部屋に入ってきた。
侍女たちは、ベッドの横に席を作ってお茶の用意をすると、静かに部屋を退出していった。
「お仕事のお話はもう終わりました」
さっきまで向こうの部屋でクリスと話していたはずだ。
「読書の邪魔をして悪かったね。今日はちょっとユウキと話したいと思って」
「
「うん。だから、殿下呼びも敬語もいらないからね。キャロルのスキルもお休みだ」
クラレンスは、優しく笑ってそう言っていた。
どうしよう。私のままじゃ、敬語もまともにしゃべれない。
ただでさえ、子どもなのに。小学2年から学校にすら行っていない。
自分でもわかるくらい素の私には何もないの。
私は自信が無くて下を向いてしまった。初めての夜会の時の様に。
「私はね。子どもの頃から、真面目で融通の利かないキャロルが苦手でね。もちろん、彼女の努力は賞賛されるべきだと思うし、感情的にならず、笑顔で社交をこなすところは凄いと思う。だけど、苦手だった」
クラレンスは、どこか遠い目でキャロルの事を語っていた。
「最近は、それも王妃として必要だと、分かったのだけど」
「はぁ」
「ユウキが、その体に入ったのって、私が婚約破棄を言い渡した時だったんだよね」
「……はい」
思い出すと、今も怖いけど。
「ごめんね。怖い思いをさせて。廊下では怖くて泣いていたんだよね」
何で今さらクラレンスはこんな事を言い出しているんだろう。
「その上、私とリリーの事まで後始末をさせて……。辛い思いをさせてしまった」
「それは……違うと思う」
私はつい反論してしまった。本当の事を知ってしまったら、クラレンスは怒るだろうか。
「クリス殿下が、リリー様の脱走を手伝って、賢者様もそれを見逃していたの。表向きは処刑したことにして。本当なら、出ないはずの追手が出てしまったのは、私が兄さまにリリー様の脱走の事を言ってしまったからなの」
クラレンスの反応が怖い。
「ごめんなさい。私の所為なのに、賢者の間で衝撃と痛みを引き受けさせてしまって」
私は涙が出そうになった。だけど、ここで泣くのはずるい。
クラレンスは、それでも私の掛布を握りしめている手の上にそっと手を重ねてくれる。
「ユウキの所為じゃ無いよ。私が悪いのだからね。それに、ちゃんとリリーを逃がしてくれた。ありがとう」
クラレンスは笑顔で言ってくれるけど、私は胸が痛くなっていた。
「ユウキは、私と居ると時々そんな風に辛そうな顔をするね。まだ私が怖い? それとも一緒に居たくないって思ってる?」
クラレンスが下を向いている私の顔を覗き込もうとする。
「そんな事思ってない。クラレンス、優しくなったから」
「この前も言ったと思うけど、私はユウキの事が好きだからね。だけど……」
「うそっ。だって、リリー様と恋人関係だったでしょ?」
私は勢いよく、顔を上げて言った。クラレンスが驚いた顔をしたけど、直ぐに笑顔に戻った。
「そうだね。だけど、終わった事だ。リリーが他の男性と一緒に居ても何も感じなかった。国外に、逃がしてあげれて本当に良かったと思うよ」
何で? 何で、そんな笑顔で言えるの?
あんなに仲睦まじくしていたのに……。
「だって、私の……、キャロルの記憶の中に、リリー様とクラレンスが仲良くしている姿があるの。丁度、今の私達みたいに、お部屋や執務室から仲良く出てきて……。クラレンスがすごく優しい目でリリー様を見ているの。だから……」
「だから?」
クラレンスから優しい声で先をうながされた。
「だから、優しくされるたびに、リリー様にも同じことをしていたの? って、聞きたくなってしまうの。ここで何をしてたの? って」
ダメだ。涙が零れ落ちてしまった。
クラレンスが黙ってしまったので、私は涙をそのままに顔を上げた。
なんだか顔が赤い。口元を押さえたまま、少し下を向いている。
「あの。クラレンス?」
気を悪くさせてしまったかと、不安になってクラレンスを呼んだらいきなり抱きしめられた。
「やだ。離して」
私は抵抗してしまった。だけど、暴れても腕の力が緩まない。
「私は酷い男だね。ユウキが泣いているのに嬉しいんだ」
「嬉しいって……」
クラレンスのその言葉に、私は体の力を抜いてしまった。
「私を選んでくれて、ありがとう」
それはもう、誤解しようのない言葉。
「だから、ずっと前からそう言って……」
「うん。大好きだよ」
クラレンスはもう大人のハズなのに、子どもみたいな言い方をしている。
だけど、キャロルとしての私が好きなのかな、それなら、『私も……』って言えない。
ぎゅうぎゅう抱きしめてくる、クラレンスを押しのけながら、私はこれだけは訊かなきゃと思っている。
「クラレンス。私はキャロルのスキルが無いと何もできない子どもなの」
「ん?」
押しのけられたクラレンスが、不思議そうにしている。
「必要なのはキャロルでしょ? だからクリス殿下も賢者様も頼るなって言うし、クラレンスも闘い方を教えてくれてたんだし」
「ああ。それは、仕方ないよ。社交は
私は、そう言ってくれるクラレンスを見上げてた。
「別に、一人じゃないんだから大丈夫だよ。わからなければ、判断は私がするからね」
クラレンスから、無理してキャロルにならなくても良いよって言われた気がした。
だけど……
「クラレンスは、私がキャロルじゃなくても必要としてくれる?」
恐る恐る訊いてみた。帰ってくる答えは怖いけど、ハッキリさせておかなきゃと思う。
「私は、ユウキが好きだと言ったのだけどね」
少し呆れたように、でも、優しい顔でクラレンスは答えてくれた。