第6話 賢者の愚行とクリスの誤算
文字数 2,099文字
何だったんだ、あの映像は……。
こんな……唐突な。
まだ、心臓がバクバクして、手が震えている。
今まで、こんなに恐怖することは無かった。
誰の死を予言しても、大戦が起こることを予言しても……。
ただ、人間の理 の中のことだと思っていた。
賢者は、いつも、そう処理をしていたはずだ。
なのに、賢者であるはずのクリスには、たった一人の、重要でも何でも無い少女の死の予言が、こんなにも怖い。
二十数年も先のことだというのに。
賢者には、縁の無かった感情。自分は一体どうしてしまったのだろう。
それでも、クリスは約束通り次の日から大衆食堂に顔を出す。
エマの顔を見ては安心する日が続いた。
あの日以来、クリスはエマの側に行くだけで、運命が分かるようになってしまっていた。
色々な想定で、運命を試してみる。
そうしてクリスは、夜になって王宮に戻ると、なんとかあの運命を回避する手立てが無いか探っていく。
上の学校に行った場合や他の職業。主婦になった場合も、エマが40歳を迎えることが無い、という運命だけは変わらなかった。
クリスが、最初にみた日時場所を回避できても、どこかで必ずエマは死んでしまう。
クリスは……賢者は、本当は分かっていた。
細かい運命は、変えられる。
だけど、大きな……例えば寿命などの、根本の運命は変えられない。
そんなことは、ずっと昔に分かっていたことだったのに。
もういい……と、クリスは思う。
エマに会いに行く理由もなくなった。
もうどうせ、どうやっても死んでしまうなら、その日時で良いではないか。
もう、エマには会いに行かない。
何十年、何百年経っても、賢者であるクリスの見た目は変わらない。
クリスは、もとより人間の中には長くいられない。
もともと、こんなに長くいるつもりも、無かったのだ。
賢者は、町全体にクリスに関わった人たちの記憶を消す大魔法を使った。
それでも、エマからも皆からも忘れ去られても、クリスは運命の回避方法を探る。分かっていても、無いと分かっていても、探さずにはいられなかった。
そうして、ようやく一つの可能性にたどり着く。
運命を回避できるかも知れない方法に、クリスは10数年かけてたどり着いた。
それから、更に10年近くかけて、賢者の間に大きな賢者の石を創り、魔力のほとんどをつぎ込んだ。賢者の代わりをさせるために。
そして、クリスはついに年数と共に老い、死ねるようになったのだ。
24年と少しぶりに、クリスは懐かしい下町に降りたった。
少し町並みは変わったようだが、活気があるのは変わらない。
クリスはエマの食堂の近くに、マジックショップを開いた。
置いている物は、下町の人でも買える安価で子どもだましのような、お守りや装飾品など。
それでも、少しずつお客さんが来てくれる。
クリスの外見は、二十代前半くらいに見えるだろう。
いつものように、お昼前に休憩をとってエマが経営している、食堂に向かう。
混雑する中で食べたくないと言ったら、
「ああ。そういうお客さんいるよね」
って、感じで受け入れられてる。
いつものように、日替わり定食を頼んだ。
「あいよっ。ご飯大盛りにしとくよ」
「あ……いや、程々に」
「何言ってんだい。男がそんな細っこい身体でどうするんだい」
豪快に笑いながら、エマはクリスの背中をバンバン叩く。
エマは変わらない。昔、クリスが送った髪飾りで髪をまとめている。
髪飾りのお守りが効き過ぎたのか、独身のままだけれど。
それでも、年齢と共にふくよかな肝っ玉母ちゃんみたいになったが、それが何だというのだ。
「なんだとぉ~。もう一度言いやがれ」
「おうっ。何度でも言ってやる」
ガタンと立ち上がって屈強の男達がケンカを始めた。
片方は剣に手をかけている。
もう少しして常連の客達が来てたら、難なく収まるケンカのはずだった。
「ケンカは、外でやっとくれ」
「うるせ~。ばばぁ~」
止めに入った彼女に、ケンカしているうちの一人が斬りかかった。
クリスは、エマをとっさにかばい、斬られてその場に倒れた。
血がどくどく流れ出て、あっという間に血だまりを作る。
ケンカしてた奴らは、逃げてしまったようだった。
「あんた……、なんで?」
真っ青な顔で、クリスを抱きかかえてくれる。血で汚れるというのに。
ああ……そんなに泣かなくて良いのに……。
涙に濡れるエマの頬に、最後の力を振り絞ってクリスは手を添えた。口の中で、短い呪文を唱える。
ここで死ぬ運命だった彼女と、自分 の運命を入れ替えるために。
生まれて初めて、人を愛しいと思った。
エマがここで死ぬと分かった時の、恐怖と絶望は計り知れない。
だから、良いのだ。
クリスは自分の命と引き替えにしてでも、エマを守りたかったのだから。
次の瞬間、魔力が無くなり長年使った身体は、大量に流した血と共に塵となり消え失せた。
クリスの消滅と共に、マジックショップも消え、人々からクリスの記憶も消えた。
そう、クリスはエマのまえから永久に消えてしまったと思っていたんだ。
そこに誤算が生じていたなどと、その時は知る由もなかった
こんな……唐突な。
まだ、心臓がバクバクして、手が震えている。
今まで、こんなに恐怖することは無かった。
誰の死を予言しても、大戦が起こることを予言しても……。
ただ、人間の
賢者は、いつも、そう処理をしていたはずだ。
なのに、賢者であるはずのクリスには、たった一人の、重要でも何でも無い少女の死の予言が、こんなにも怖い。
二十数年も先のことだというのに。
賢者には、縁の無かった感情。自分は一体どうしてしまったのだろう。
それでも、クリスは約束通り次の日から大衆食堂に顔を出す。
エマの顔を見ては安心する日が続いた。
あの日以来、クリスはエマの側に行くだけで、運命が分かるようになってしまっていた。
色々な想定で、運命を試してみる。
そうしてクリスは、夜になって王宮に戻ると、なんとかあの運命を回避する手立てが無いか探っていく。
上の学校に行った場合や他の職業。主婦になった場合も、エマが40歳を迎えることが無い、という運命だけは変わらなかった。
クリスが、最初にみた日時場所を回避できても、どこかで必ずエマは死んでしまう。
クリスは……賢者は、本当は分かっていた。
細かい運命は、変えられる。
だけど、大きな……例えば寿命などの、根本の運命は変えられない。
そんなことは、ずっと昔に分かっていたことだったのに。
もういい……と、クリスは思う。
エマに会いに行く理由もなくなった。
もうどうせ、どうやっても死んでしまうなら、その日時で良いではないか。
もう、エマには会いに行かない。
何十年、何百年経っても、賢者であるクリスの見た目は変わらない。
クリスは、もとより人間の中には長くいられない。
もともと、こんなに長くいるつもりも、無かったのだ。
賢者は、町全体にクリスに関わった人たちの記憶を消す大魔法を使った。
それでも、エマからも皆からも忘れ去られても、クリスは運命の回避方法を探る。分かっていても、無いと分かっていても、探さずにはいられなかった。
そうして、ようやく一つの可能性にたどり着く。
運命を回避できるかも知れない方法に、クリスは10数年かけてたどり着いた。
それから、更に10年近くかけて、賢者の間に大きな賢者の石を創り、魔力のほとんどをつぎ込んだ。賢者の代わりをさせるために。
そして、クリスはついに年数と共に老い、死ねるようになったのだ。
24年と少しぶりに、クリスは懐かしい下町に降りたった。
少し町並みは変わったようだが、活気があるのは変わらない。
クリスはエマの食堂の近くに、マジックショップを開いた。
置いている物は、下町の人でも買える安価で子どもだましのような、お守りや装飾品など。
それでも、少しずつお客さんが来てくれる。
クリスの外見は、二十代前半くらいに見えるだろう。
いつものように、お昼前に休憩をとってエマが経営している、食堂に向かう。
混雑する中で食べたくないと言ったら、
「ああ。そういうお客さんいるよね」
って、感じで受け入れられてる。
いつものように、日替わり定食を頼んだ。
「あいよっ。ご飯大盛りにしとくよ」
「あ……いや、程々に」
「何言ってんだい。男がそんな細っこい身体でどうするんだい」
豪快に笑いながら、エマはクリスの背中をバンバン叩く。
エマは変わらない。昔、クリスが送った髪飾りで髪をまとめている。
髪飾りのお守りが効き過ぎたのか、独身のままだけれど。
それでも、年齢と共にふくよかな肝っ玉母ちゃんみたいになったが、それが何だというのだ。
「なんだとぉ~。もう一度言いやがれ」
「おうっ。何度でも言ってやる」
ガタンと立ち上がって屈強の男達がケンカを始めた。
片方は剣に手をかけている。
もう少しして常連の客達が来てたら、難なく収まるケンカのはずだった。
「ケンカは、外でやっとくれ」
「うるせ~。ばばぁ~」
止めに入った彼女に、ケンカしているうちの一人が斬りかかった。
クリスは、エマをとっさにかばい、斬られてその場に倒れた。
血がどくどく流れ出て、あっという間に血だまりを作る。
ケンカしてた奴らは、逃げてしまったようだった。
「あんた……、なんで?」
真っ青な顔で、クリスを抱きかかえてくれる。血で汚れるというのに。
ああ……そんなに泣かなくて良いのに……。
涙に濡れるエマの頬に、最後の力を振り絞ってクリスは手を添えた。口の中で、短い呪文を唱える。
ここで死ぬ運命だった彼女と、
生まれて初めて、人を愛しいと思った。
エマがここで死ぬと分かった時の、恐怖と絶望は計り知れない。
だから、良いのだ。
クリスは自分の命と引き替えにしてでも、エマを守りたかったのだから。
次の瞬間、魔力が無くなり長年使った身体は、大量に流した血と共に塵となり消え失せた。
クリスの消滅と共に、マジックショップも消え、人々からクリスの記憶も消えた。
そう、クリスはエマのまえから永久に消えてしまったと思っていたんだ。
そこに誤算が生じていたなどと、その時は知る由もなかった