第12話 牢獄の中のクリスとロザリー ロザリー側

文字数 2,261文字

 牢獄までは、兵士に囲まれて行くのだと思っていた。
 だけど、私は今クリス様に抱っこされている。
 部屋を出た後、器用にお姫様抱っこから縦抱きに変えていた。

 それにしても正装用の重いドレスを着た私を、クリス様は軽々と抱っこしている。
 縦抱きになったせいで、お顔がすぐ近くになってしまった。
 そのお顔は、なんだか厳しいものになっているけど。
 だけど、物凄く速い速度で歩いているのに、私には全くと言っていい程振動は伝わらない。
 いつも添い寝をしてくれている時と、(まと)っている雰囲気も同じような気がする。

 だからだわ。気が抜いたら涙が出そうになるのは。
 こんな私だから、クリス様は牢獄まで送って行こうと決めたのだわ。
 そっけないくせに、時々こんな優しさをくれる。

 そんなクリス様の事が、私は好きだった。
 最後だもの、良いわよね。この前は振り払われたけど。
 私は、抱っこされながらクリス様を抱きしめた。
 もう、最後だから……。そう思って。

 程なく、牢獄に着く。
 牢獄と言っても、王族と上位貴族用なんだそうだ。
 無機質な牢屋では無く。手狭だけど、貴族のお部屋と言う感じになっている。
 さすがに家具は、小さなテーブルとベッドしかないけど。
 壁の上の方に、明り取り用の小窓が付いているだけで、ランプも常備されて無かった。

 クリス様は、私を抱っこしたまま牢屋の中に入っていく。
「へ~。中はこんな風になっているんだ。思ったより、快適に過ごせそうだよね」
 のんきに部屋の感想なんて述べている。クリス様にとっては、本当に他人事だものね。
 そして中ほどに入ったところで、牢屋の重厚な扉が閉まり、カギがかかる音がした。

 クリス様は、私を抱きかかえたまま奥へ進んでいき、ベッドの上に降ろしてくれる。
「クリス様?」
「ん? 何?」
 クリス様は、先ほどまでの厳しい顔を引っ込めて、穏やかな顔に戻って私を見ている。

 信じられない。

「何でクリス様まで、牢に入っているのですか? 早く出て。今ならまだ、兵士がいるから」
 私は、慌てて扉の方へ行こうとした。
 のぞき窓しかないような、重厚な扉だって、内側から叩けば気付いてくれるだろう。

「ロザリー」
 クリス様が、咎めるような声を上げる。
 私の腕を引っ張りベッドに引き戻す。勢いよくベッドに座る形になってしまっていた。
「だって」
「だって、じゃないよ。僕はロザリーの何?」
 クリス様は、真剣な顔で私に訊いてきた。

 何って。何だろう? まだ、私に婚約者を名乗る資格なんてあるのかしら。
 だけど、それ以外の関係は、私達には無い。
「婚約者です」
 だから私はそう言った。なのに
「夫だよ。まだ君が幼いから、そういう事をしていないだけ。だけど、公爵夫人としてやっていけるだけの、教育と人脈は施しているつもりだよ」
 そう言いながら、クリス様は私の横に座った。

「さっきのねぇ。僕も君と同じ立場だったら、同じことを言っていたよ。君は王女で僕は王子だ。自国の意向をくんだ言動をするのなんて、当たり前だよね。本音がどうであれね」
 私の方なんて見ずに、頬杖をついて言っている。
「だからね。もしこれで、戦争になってしまっても、この国に悪い事をしたなんて思わなくても良い。あの場にいた王子たち全員。いや、キャロルですら、君と同じことをするからね」
 罪悪感なんて持つ必要無いと、クリス様は言ってくれている。

「でも、まぁ。処刑なんて怖い事本当はされたくないよね。いくらその為に来たのだとしても」
 心を見透かされている。
 クリス様は、処刑を待っている怖い時間を独りで過ごさせないために、ここにいてくれるつもりなんだろうか。
 だけど、そんなつもりなら、いてくれなくても……。ううん。むしろ、いない方が良い。
 今、クリス様の優しさに甘えてしまったら、私はもうダメになる。
 甘えた心のまま、みっともなく『死にたくない。助けて』ってクリス様に縋って泣いてしまう。
 そんな自分は、絶対にイヤだ。

「あの。クリス様」
 私が大丈夫だからと言おうとしたら、さえぎられてしまった。
「だからさぁ。処刑されるときは、僕から先に執行されるようにするから。僕が待っていると思ったら、死ぬのも少しは怖くなくなるんじゃない?」
 だから、なんでそんな事を軽い感じで言うのだろう。

「クリス様、ダメです。お願いですから牢から出て行って下さい。処刑だなんて、クリス様は執行される必要無いのでしょう?」
 怖がっている私の為に、そんな事させられない。
「しゃべってないで、こっちへおいで」
 クリス様が両手を広げて待っている。だけど、今抱きしめられたらもう、離れられなくなる。
 どうしようと思っている内に、クリス様に抱き寄せられてしまった。

 なんだか暖かい空気に包まれたと思ったら、私の体が光り、着ているものがゆったりとした寝間着に変わる。
 驚いた。
「魔法?」
「うん。僕が使えるのはこの程度の魔法だけどね。さっきのドレスでずっといたら、きついだろう?」
 確かに、あの格好では寝られないと思っていたけれど。
「気が済むまで泣くと良いよ。死ぬのが怖いと思っても良い。当たり前の感情だからね。ただ、僕を追い出さないでくれるかな」
 クリス様は、優しい顔になって言う。
「僕は、ロザリーの事が好きだよ」
 そう言って、クリスは笑って触れるだけの口づけをした。
「今、代価を貰ったからね。君の運命に付き合うよ」
 そう言うクリス様を見ていると、自然と涙が出てきて、私は思いっきり泣いてしまった。
 泣き疲れて、眠ってしまうまで……。
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